IB認定校への道 ‐IBに疑問を呈す‐

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みなさん、こんにちは。熊谷優一です。筑波大学附属坂戸高等学校で国際バカロレア・ディプロマ・プログラム・コーディネーターをしています。

前回のエントリーでは、筑坂のIBプログラムを国内外に広報するため、国内外で説明会を行っているという話を書きました。直接足を運ぶことよって、また認知が広がっていない国際バカロレアという教育プログラムに少しでも興味を持ってもらいたいという一心で、あちこち回っています。

今日は主に海外の日本人学校や現地校に通っている保護者のみなさんや、企業、経済団体のみなさんから受けた反応について取り上げたいと思います。

新しい学びの選択肢の出現

予想を上回る参加者と反応得た説明会を熊谷が振り返ります。
参加者した保護者の方からいただいた反応を紹介します。
日本語DPで求められるり語力はどのくらいかという質問に熊谷が答えます。

まずは肯定的なものから。夏休みに3回行った学校説明会での反応と全く同じ熱量の反応が海外でも返ってきました。「そんな風に私たちも勉強したかった」とみなさんおっしゃいます。

先生が板書したことをノートに一生懸命写して、問題を解いてという学習方法ではなく、自ら考えて結論を出していくような勉強。なぜこれまで日本の教育はその方法を提示できなかったのか。21世紀を生きる子供たちは、前例がない課題に取り組まなくてはいけない。参考にできるマニュアル化された解答はないかもしれない。

自ら考え、自ら答えを出していかなければならない。こんなにも知識やスキルが多様化し、変化の激しい社会で自分が持てる知識には限りがある。どのように他者の知識を集めるのか。異なる言語や文化といった背景を持つ人同士でどのように協働し、結論を出していくのか。

今こそ、この学び方を子供たちに経験させたい。熱い思いを持ったお父さん、お母さんと世界各国でお話しすることができました。私自身も自らのキャリアを振り返った時に、人から何をどう言われても、情報を吟味し、自ら切り開いていく力のおかげで今があると思っていますし、変化の著しい世の中で、人生が我々が予想しているよりも長びいてしまう場合、必ず学び直すことや学び続ける知的体力が必要だと感じています。IBのプログラムはそういった力を培っていけると信じています。

進路保証のないプログラムに価値はない

一方で、反論を受けることも稀ではありません。進路指導担当の先生からよくこんなことを言われます。

「別途プログラム受講料を支払って、フルDPが取れるかどうかも保証がなく、日本国内の大学で日本語IBを積極的に受け入れている大学の数はたかが知れている。海外の大学でもフルDPが取れなければ合格が取り消される中、こんなプログラムに子供たちを送って一体何のメリットがあるのか」

フルDPを取れるかどうか、大学進学に保証がないのなら、私立の大学附属の中高一貫校に送るほうが賢明であるという考え方です。授業料は高くても、結果がどうなるかわからないプログラムよりは確実で、安全であることは確か中の確かですよね。私はぐうの音も出ないです。

保護者のみなさんはどう思われますか?中学生のみなさんどうですか?中学の進路指導の先生はこの考えに賛成ですか?

IB認定校は、この意見に立ち向かっていかなければなりません。何か新しいことを始めるときは、必ず批判にさらされるのは世の常です。結果が出ていないから、反論することもできない。

結果がどこを目指すのかにもよりますが、国公立の大学に何人入学したとか、そこを教育の成果として見ていいのか、私はまだ腹が据わっていません。正直、軸がブレブレです。

何時から教育は進路のためになったのか

そんな折、筑坂ファンのある方からこんなことを言われて、私は我に帰りました。

『進路保証のないIBに意味がないって、んなこと気にかける人だったっけ、クマユウは?いつから教育は進路のためのものになったんだ?大学進学実績なんて、はっきり言ってどうでもいい。オレが気にかけているのは、その学校の生徒や教員がどんな本を読んで、どんな議論が交わされるのか。それこそ面白い学校じゃないか!そこが筑坂のウリだろう!おまえはそこをアピールするのが仕事じゃないのか。

もしかすると、子供たちはフルDPを取れるだけの力に及ばないかもしれない。でも、国公立の学校でも、日本語でもIBが学べるってことは、これまでの日本の教育の評価方法では、学んだ結果がテストの点数に表れない子ども達にも国際基準のプログラムを学ぶ機会と環境を提供しているってことだろ。

インター校に行ける層じゃなくて、日本で生まれ育ってネイティブ並みに英語ができなくても、やる気だけはある普通の家庭出身の子供たちがIBを学べるって日本だけじゃん。ここはぜったい大事にして欲しい。

進路保証?なんじゃそりゃ、だいたいそれ、学校に求めるもんじゃないでしょうよ(笑)』

最後に

様々な人に様々な考えがあって、それぞれの正しさがあります。私の中の正しさは何かなと、もう一度振り返ってみると、ただこのことに行きつきました。

『経済格差や地域格差が教育格差を生まない仕組みを作りたい』

IBと出会い、私は子供の時、どのように学びたかったのかを知りました。でもその時に従来の教育を受ける以外に選択肢がありませんでしたし、選択できるなんてことも知りませんでした。もし私がもう一度あの頃に戻ることができて、今のようにIBを選択することができていたら、チャレンジしたと思います。

IBはこれまで「豊かさの再生産」という批判を浴びてきました。年間の授業料が何百万もするインター校で実施されてきたからです。でも、日本では違います。普通の所得の家庭の子供たちも、日本の国公立の学校でIBを学ぶことができる時代が間もなく来ます。

国公立の学校でIBが実施され、実践例や先生たちの転勤によって、やがてIBの実践は日本中に広まっていくでしょう。そのことを夢見て、私は細々とこのブログを続けています。

批判や反論を受けることによって、私は私の軸をもう一度再確認することができましたが、やっぱりもっと多くの異なる視点からの情報がほしいです。もしこのブログで情報を共有してもいいという方は、問い合わせフォームからご連絡いただければと思います。ご一考いただければ幸いです。

今日も読んでいただき、ありがとうございました。

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