ぼくの名前は仁(じん)。わけあって永遠の小学3年生です。ぼくにはお兄ちゃんがいて、毎晩、電気を全部消したあと、夜な夜な色んな話をするのが楽しいんだ。
「なぁ、仁……」ってお兄ちゃんが話しかけてきたら、それが合図。そこからぼくたちの冒険が始まります。夕べもいきなり、お兄ちゃんは突然、ぼくにこんなことを聞いてきました。
「仁、世界ってどこにあると思う?世界、世界ってみんな言うけど、本当に世界なんてあるのかな?」
目の前に見えているのが世界じゃないのってぼくは思いました。お兄ちゃんがぼくの隣に寝ていて、今夜は月が明るくて、穴の空いた障子のずっと向こうからおばあちゃんの寝息が聞こえたり、聞こえなかったり。ぼくたちの家は川のすぐ近くにあって、その向こうにはカナヘビが出る山があって。それが世界なんじゃないのってぼくは思いました。
でも、お兄ちゃんはゆっくりと、頭の中で何かを探りながらこう言うんです。
「仁、お兄ちゃんさ、本当は世界なんてないんじゃないかって思うんだ。」
「え?じゃあ、目の前に見えてるのは何なの?」
「お兄ちゃんに見えてる世界って、お兄ちゃんだけの世界なんじゃないかなって。仁がいるとこは仁の世界。お兄ちゃんの世界には仁がいるよ。でも、お兄ちゃんの世界には、いない人もいる。」
「お兄ちゃんの世界にいない人?」
「お兄ちゃんは気づいていないけど、この星には実際はものすごくたくさんの人がいるんだ。でもお兄ちゃんはその人達をぜんぜん知らない。その人達はお兄ちゃんの世界にはいないだろう?」
「じゃあさ、お兄ちゃんは知らないけど、お兄ちゃんのことを知っていたら、その人の世界にはお兄ちゃんはいるってこと?」
お兄ちゃんは続けます。ぼくはお兄ちゃんが何を言おうとしているのか必死に理解しようと聞いています。
「逆もあるか……。お兄ちゃんが知らない誰かが、お兄ちゃんのことを知っていたら、その人の世界には確かにお兄ちゃんはいる。けど、お兄ちゃんはその人のことを知らないから、お兄ちゃんの世界にその人はいない。」
「お兄ちゃんのことを知らない人もたくさんいるよね?」
「仁のことを知らない人もたくさんいる。その人達の世界には仁はいない。でも、お兄ちゃんの世界にはいつも仁がいる。いつもね。誰かの世界にいなくても、お兄ちゃんの世界には確かに仁がいる。」
「じゃあ、ぼくたちにはぼくたちだけの世界があるってこと?」
少しの間、お兄ちゃんは考えて、そしてこう言いました。早口になったところをみると、どうやら乗ってきたみたいです。
「世界は無限にあるんじゃないかなって。人の数だけ、命の数だけ。そしてそれらは一個一個、別の世界を生きてるんじゃないかなって。だからさ、誰かの世界にいないからってその人がいないわけじゃない。ホントはみんないるんだ。気がつかないだけで、知らないだけで、ホントはみんないるんだ。」
人の数だけ、命の数だけ世界はあるって言ったまま、お兄ちゃんは寝てしまいました。お兄ちゃんはだたいずるいんだ。自分が話したいことを話すだけ話したら、いつもこんな風にぼくだけ残して寝ちゃうんだから。
でも、世界ってなんだろう。
それからぼくは考えてみました。お兄ちゃんはお兄ちゃんの世界を生きていて、ぼくはぼくの世界を生きているけど、どっちの世界にもお兄ちゃんとぼくはいるでしょう?
だったら世界は無限にあるっていっても、別々にあるんじゃなくて、重なり合ってるんじゃないかな。でも、お互いに知らないまんまだったら、重なり合わないこともあるか……。重なり合ってたけど、重なりがなくなってしまったり、重なりがなかったけど、なにかのきっかけで重なりができたりってこともあるよね。
じゃあ、世界は変わり続けてるってことだ!
ぼくたちはずっと同じ世界を生きるんじゃないんだ。ちょっとずつ違ってくんだね。だから重ならなくなった世界をさみしがることはないんだ。だってみんな、それぞれの世界を生き続けているんだからね。
ぼくの世界はどうだろう。最初っからぼくの世界の大きさって決まってるのかな?どんどん大きくなるかも……。小さくはならないような気がする。だってぼくの体は大きくなったし、やれることも多くなった。世界はだんだん大きくなって、で、知り合いもたくさんできるから重なりも広がっていくんだと思う。
待てよ。世界ってどんな形をしてるんだろう。ぼくの世界は平面なのかな。自由自在に形を変えるのかな。ぼくの世界はどうやって始まって、どうやって終わるんだろう。それともずっと永遠にぼくの世界はあり続けるのかな。
ぼくがいる世界とぼくがいない世界。お兄ちゃんがいない世界とお兄ちゃんがいる世界。世界って何なんだろう。世界ってどうなってるんだろう。
何だろうね、この感じ!考え始めたら止まらなくなっちゃった。お兄ちゃんのせいで、ぼくは今日も眠れないよ。でもさ、今のこの気持ち、ホントだよね?