街角TOK:橋を渡らない人々

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みなさん、こんにちは。熊谷優一です。

街角は様々な問いで溢れています。思い当たることはありませんか?本屋さんに並ぶ書籍、アーケード内で聞こえてくる音楽、やがて暗黙の秩序が生じる無秩序な人の流れ、商店街で交わされる一見無意味な会話。普段はなんとも思わないことに、ふと気がついてしまう時が……。

今回はテレビから流れてきた歌に始まるドキドキの話をしましょう。

橋を渡らぬ人々の歌

あれは祖母の命日に気仙沼に帰省する前の晩のことでした。

不意に「観音橋を渡らず右へ……」という歌が聞こえてきました。そこで私の思考は立ち止まり、無限ループが静かに始まります。

今日日、橋を渡れ、挑戦すべしって応援歌はたくさんあるじゃないですか。でも、渡らない人のことを歌った歌はあんまりありません。というか、聞いたことがありません。この歌は、そこに橋は見えるけれど、私は渡らないで右へ行きますよって歌っているんです。

私だったら、その橋を渡ってみると思うんです。渡ってみて、渡りっぱなしだたり、戻ってきたりすると思うんです。でも、この歌は聞けども聞けども、橋を渡らず、橋のこちら側に棲まう人のことを歌うばかり。

なんだろう、この感じ。なんだろう、この感じ。私はこのドキドキの正体を探してみることにしました。

気後れする人々

結局、私は自由なんだと思います。生まれ落ちた時代も、環境も、そして性格的にも、橋を渡るも、渡らないも、選択する必要もないくらい、自由なんだと思います。けれど、選択を迫られる人はこの世の中のどこかにいて、何らかの要因で、橋を渡らなかったり、橋を渡れなかったりする人がいるんじゃないか……。

目の前に橋がありながら、その橋を渡らない人々はどんな気持ちでその橋を見ているだろう。橋を渡らない決断を下すことは簡単だっただろうか……。そしてその決断のあとは諦念の境地に達したのだろうか……。

13月」シリーズで登場する私の祖母を思い出しました。ばあさんは小学校も行けなかったので、字を描くことができませんでした。学がないことを恥じ、決して公の場には出ない人でした。銀行も私が代わりに行って年金を下ろしてきました。私が車を運転するようになって、一緒に行こうと言っても一度も行くとは言いませんでした。

私はただただそのことが悲しかったのを憶えています。普段は強気でまるでこの世に敵なしという立ち居振る舞いをするスーパー個性の祖母が、恥を忍んで、気後れしている姿を見るのはさすがの私も胸が痛みました。

教育者としての軸足

もしかしたら、「橋を渡らない人たち」は祖母のような人たちなのかもしれません。あるいは生まれながらに謂われのない差別を受けざるを得なかった人々や、何らかの理不尽な理由で迫害された人々かもしれません。

私はたまたま自由だから、実行に移さないこと選択したり、せざるをえなかったり、移せなかったりする人が居続けることを、自分の価値観に基づいて勝手に憂いでいるだけなのかもしれません。でも、あの時のばあさんの表情が浮かんでくるんです。私はやっぱりばあさんのあの顔を見て、悲しかったんですよね。

無理強いをさせたいわけではありません。でも、子どもであれ、大人であれ、「やってみようかな」って思っている人が、何らかの理由で気後れしてやらない選択をしたり、やれないって思うのは、やっぱり悲しいです、私は。

だから教育って大事なんかじゃないかって。私は教育者として、橋を渡ろうかなって思っているんだったら、一緒に橋を渡ってみないかってと語りかける人でありたいと思いました。諦めを教えるのではなく、絶望を学ばせるのではなく、100%思い通りにはいかないかもしれないけれど、でも希望を持つことを学んでほしいと願ってセンセイしていることに私はたどり着きました。

最後に

「観音橋」という歌は中島みゆきが歌っています。以下のトレーラーの1:10くらいから1番だけですが聞くことができます。

私はこの歌のおかげで、自分自身との対話を通して、主体的に自分自身を振り返ることができました。自分自身の軸足がブレていると感じる時、自分自身がどこか迷子になっていると感じられる時、タイミングよくこの歌と出会って仕合わせに思います。

みなさんにもそんな学びが訪れたときには、どうぞおすそ分けして下さいね。お待ちしています。

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