街角TOK:リーダーシップは循環する

街角は様々な問いで溢れています。本屋に並ぶ書籍、アーケードで聞こえてくる音楽、やがて暗黙の秩序が生じる無秩序な人の流れ、商店街で交わされる一見無意味な会話。普段はなんとも思わないことがふと気になりだしたら、それが私たちの「知の目覚め」の合図です。

皆さん、こんにちは。熊谷優一です。「思わぬ知識と出会うなら古本屋を目指せ」とはよく言ったもので(ウソです。勝手に今考えました)、旅行や出張で訪れた場所で、時間があったら古本屋を尋ねることにしています。その土地土地に特産品や名産品があるように、知識にもその土地独特の体系を持つ人達がいて、普段自分が手にしない本にトキメクことがあるように思うのです。

今日は、埼玉県川越市を訪れた際に手に入れた、小林紀晴の「だからこそ、自分にフェアでなければならない。プロ登山家・竹内洋岳のルール」について書こうと思います。

ASIAN JAPANESE

小林紀晴といえば、「ASIAN JAPANESE」シリーズで有名な写真家です。アジアの国々をバックパックひとつで巡り、そこで知り合った日本人バックパッカーたちを描きました。

若い頃に訪れたベトナムに心惹かれたのをきっかけに、近藤紘一、沢木耕太郎、開高健などベトナムについて書かれた本を読んだのですが、その延長線で小林紀晴に出会いました。

写真家がファインダーを通して見る人や世界を写真そのものではなく、文章でどのように表現するのだろう。そのことがとても気になり、本屋で「ASIAN JAPANESE」を手に取ったのを覚えています。

もう20年以上前に読んだので、「ASIAN JAPANESE」の細かな内容はほとんど覚えていませんが、そこに描かれた日本人バックパッカーたちはとてもナイーブで、旅の中でそれぞれの内面と向きあう姿は重苦しく、小林紀晴はよく引きづられなかったなと感想を持ったように記憶しています。もしかしたら、カメラのファインダーを通すことで彼が描こうとしたバックパッカーの青年たちと一線を引いていたのかもしれません。

経験は役に立たない

さて、川越の古本屋で久しぶりに手に取った小林紀晴の本はプロ登山家・竹内洋岳さんと一緒に八ヶ岳を登りながら、話した内容がまとめられています。竹内さんは標高8,000メートル以上の14座すべての登頂に成功した唯一の日本人(p.13)です。

そんな竹内さんの一言一言が実に面白い。「ヒマラヤの面白さはその過程であって、もしもヒマラヤが東京にあっても魅力的じゃない。カトマンズに行って、怪しげなものを食べたり、買ったりして、いつ落ちるかわからない小型飛行機に乗って、そこに住む人の生活の場を超えて、登るその過程がヒマラヤの魅力の一部だ」とか。

経験についての一言は強烈でした。だって、「役に立たない」と言ってのけるんですから。前はこうだったから、今回もこうなるはずという経験を持ち込んで、積み上げれば楽になるが、経験を積んだ分だけ想像をしなくなることは危険だ、と。エベレストの状態にしても登る度に一度として同じではないでしょうし、その経験が他の山でも応用できるかというとそうではなく、その経験にあぐらをかいていると危険を見過ごし、命にかかわることになると竹内さんは話しています。

「どんなに経験を積んでも、まるで新しいことを学ぶように、授業研究せよ」とは、私が初任のときに指導教官の先生から言われた言葉を思い出しました。

循環するリーダーシップ

私にとってこの本のハイライトはリーダーシップについての竹内さんの考察です。当時私は「集合天才」という考え方を知り、一人の天才、一人のカリスマではなく、それぞれの専門性やキャラクターを集めて、プロジェクトを遂行するにはどういう役割とマインドが必要なんだろうと考えていた頃でした。

竹内さんの「局面局面でリーダーが決まっていく。ある人がリーダーに向いていないからといって、他の局面で絶対にリーダーにならないわけじゃない」というリーダーシップについての考え方は、妙に納得ができました。

「グローバルリーダーを育成する」というスローガンを最近よく目にします。しかし、全員がリーダーである集団は機能しません。フォロワーシップという言葉もよく耳にします。でも、何を、誰をフォローするのかというのはちょっと曖昧だなと思うことがあります。

局面に応じでリーダーが決まるのであれば、聞くという局面で人の話を聞くことは、その局面でのリーダシップになり得るし、司会進行の役割は議論をファシリテートする局面でのリーダシップに、記録をしたり、質問をしたり、様々な局面での役割はその役割を担う上でのリーダーシップではないかと思うようになりました。

最後に

竹内さんは、すごいリーダーシップが取れるけど嫌われる人もいれば、リーダーとしては駄目だけれど多くの人に慕われる人もいて、どっちがいいとは言い切れないと話しています。会社のリーダー、山を登る上でのリーダー、環境も目的も異なりますから、役割も異なりますよね。

私たちはリーダーシップという言葉ですべてのことを包括的に説明したり、理解したりしていますが、「リーダーを育成する」というなら、育成しようとしているリーダーシップを定義する必要があるのではないでしょうか。

「だからこそ、自分にフェアでなければならない」という本は理論が重要視されている昨今に、知覚の重要性とそこから形成される知識についての言及があります。ストレスなく読める本です。中高生の皆さん、プロの登山家の話をプロの写真家のレンズを通してきいてみませんか?