孫とばあちゃんのクレオール

皆さん、ご無沙汰しております。当ブログを主宰する熊谷優一の友人、新居明です。久しぶりにエイプリル・フールにお邪魔します。

この「13月」シリーズでは不定期に優一くんと彼のおばあさんとの間で起こった悲喜こもごもが描かれてきました。今日は私の目から見た「13月」なエピソードを書きたいと思います。

「13月」とは、「おめでたいやつ、まぬけ」といった意味で、私たちのふるさと、宮城県気仙沼市ではよく使われていました。優一くんのおばあさんが最も高頻度で彼の失敗を罵るために用いたフレーズのひとつです。

優一くんのおじいさんと、私のおじいさんが同じ遠洋マグロ船に乗っていて、同じ時期に陸に上がった(退職した)ことや、おばあちゃん同士が仲が良く、家も近かったので、私達はよくお互いの家を行き来していました。だから、私も優一くんのおばあさんに「13月」と怒られたことは何度もあります。

一合の米は二合だった!?

さて、あれは去年のことでした。2021年の秋ごろだったと思います。優一くんが何やら興奮して電話をかけてきて、こう言うんです。

「明、米一合って1カップって知ってた?」

どうやら彼は、炊飯器についてくる米を計るカップ2杯分を1合だと思いこんでいたそうなんです。

「いやぁ、これまですごく美味いと評判の炊き込みご飯のもとを買って作ってみても、さっぱり味がしないじゃないかって思ってたけど、ただ単に米の分量を倍にしてたからだった。どうりで味が薄いわけだ。あはは。」

と、屈託なく笑う姿を見て、私も「この13月!」と言いたくなりました(笑)。もう確認するすべはありませんが、彼は「おばあちゃんからカップ2杯分が米一合って教わった」から、今までずっと間違えてきたそうです。確かに、カップ数に応じた水の量は炊飯器に記してありますから、白飯を炊く分にはこれまで問題なかったのでしょう。

こしたの論理

おばあさんも、米一合と1カップの対応に意識を払わずともなんとかなった可能性もあります。というか、おばあさんはテキトーなところがあって、自分独自の言葉を作って普及させたり、勘違いしているのか、意図しているのかはわかりませんが、世間一般で知られている名称を全然関係ないものやことに使ったりしていました(カラス以外の拳より大きい鳥はだいたいガチョウとか)。

「今日は寒いから『こした』を履け!」

と言われたことを覚えています。私も優一くんも、私のばあちゃんも使っていました。『こした』とは『ももひき』のことです。ズボンの下に履くやつです。昔は総じて駱駝色をしていたように思います。

『こした』が一般的な言葉ではないことを知ったのは、私たちが高校を卒業して気仙沼を離れてからです。いろんな地域から来た人たちに『こした』って言っても通じなかったので、帰省したときに高校の友人に聞いてみたんですね。そしたら、優一くんを除いて誰も知らない。私たちは『こした』が気仙沼の方言ではないことを知り、衝撃を受けました。

さっそく、優一くんのばあちゃんに確認すると、ばあちゃんは「じゃあ、何と言うんだ?」と驚いていました。ばあちゃんの論理では、「靴下」と同様の考え方で、ももひきのことを「腰下」と言い、「こしした」だと言いにくいから「こした」と言うのだと正当化しました。言われてみると、「さもありなん」って思いません?むしろ『こした』という方が「ももひき」を言い当てているようにさえ思えてきます。

言葉は語る

優一くんのおばあちゃんは罵る言葉も独特で、怒られているとは思うんだけれども、聞いていて笑ってしまうようなこともありました。ボーッとしていると、「おい、この呑気太郎八!」と言われたり、なにか失敗すると、「このポッポッポー!」と言われたりしたものです。言葉に意味があるということよりかは、何らかの言葉をその調子で発することにより意味が発生するみたいな感じでしょうか。

こんな風に優一くんのおばあさんの言葉が優一くんに理解され、そして私にも伝わり、私達の祖母がこの世を去っても、私たちの中で生き続ける言葉ができました。そもそも通じる範囲は我々を含めて数名でしたから、今この言葉たちは絶滅の危機にあり、通じる範囲も優一くんと私だけになってしまいました。

もしかしたら優一くんのおばあちゃんより先にそれらの言葉を使っていた人たちがいたのかもしれないと想像すると、言語の伝承って崇高な感じがします。普段は言葉って選び選び話しますよね。でも、無意識に出てくる生活に即した言葉たちこそが私たちは何者であるのかを雄弁に語るのかもしれません。

最後に

私たちが話す言葉は純粋に私たちの中から発せられるものなのでしょうか。優一くんは明らかに、あのおばあさんの影響を受けているのが、普段の彼の話し方や、語彙から感じられます。独特の言葉を話す彼のおばあさんの影響で彼は言葉にすごく興味をもったのではないでしょうか。

次回は、そんな優一くんが言葉の面白さに目覚めたエピソードを再編集してお送りするそうですのでお楽しみに。またいつかのエイプリルフールにお目にかかります。新居明でした。