[Heroes] 中国茶研究科 王静先生

この「Heroes」というシリーズでは様々なフィールドで活躍する熊谷が出会った面白いオトナを紹介しています。これまで、ベトナムでレストランを経営する白井尋さん、京象嵌の若手職人の中嶋龍司、漢字文学者の故・白川静さん、日本文学者のドナルド・キーンさん、筑波大学大学院教育研究科客員教授のキャロル・犬飼・ディクソン先生を紹介しました。

ドナルド・キーンさんは先日お亡くなりになりましたね。心よりご冥福をお祈りするとともに、彼が残したたくさんの著作を通して、これからも彼の研究に触れられることを心より感謝したいと思います。

みなさん、こんにちは。熊谷優一です。今回は大阪観光大学で講師をされている中国茶研究家、王静先生をご紹介させてください。

中国茶との出会い

王静先生を思い浮かべただけで、私の頭の中には『「ペール・ギュント」第一組曲作品46』が閑かに、そして壮大に鳴り響くのです。まるで中国茶の一煎一煎の香り、色、味の移り香りを霧の中にすくっと佇んで愉しんでいるかのような気持ちになります。王静先生が入れて下さるお茶をいただきながら、私はそんな印象を持ちました。

中国茶が思いがけず私の興味関心の中心を占めるようになったきっかけは、台中の明道中学で国際バカロレア(IB:International Baccalaureate)を教える、当ブログ(チノメザメ)でもお馴染みの阿部公彦先生に勧めていただいた一軒のお茶屋さんとの出会いでした。そのお茶屋さんでいくつかの種類の烏龍茶を試飲させていただいたのですが、それがまた……彩鮮やか!豊饒な香り!爽やかな口当たり!しかもそれらは、一煎ごとに変化するのです。

「この世の中にこんな愉しみがあったとは!」という驚きもわずかに、私はすっかり台湾烏龍茶の虜になりました。以後、私は烏龍茶に関する本を片っ端から読み漁り、中国茶の世界に宇宙を見るようになります。そしてたどり着いたのが、王静先生が著した『現代中国茶文化考』です。本書は価格が5,000円を超えるというのに、大変な人気で、すでに売り切れ、現在は高値で取引されています。

中国茶、はじめの一歩

そんな王静先生が2019年2月24日(日)に開催された「第2回大大阪お茶会」でセミナーをされるという情報を入手し、いてもたってもいられず、チケットを入手しました。『楽しもう!中国茶、初めの一歩』と題されたセミナーは一歩どころか私たちを五十歩百歩くらい誘ってくれました。

お茶の歴史から、中国茶の種類、中国茶にまつわる文化に伴って変化した茶文化や茶道具、作法など多岐にわたる内容でしたが、そのお話とともに7種類のお茶も振る舞っていただきました。せっかくなので、そのお茶の種類をご紹介します。

種類 発酵度 お茶
緑茶 不発酵 梅家塢龍井
白茶 弱発酵 荒野牡丹
黄茶 弱後発酵 蒙頂黄芽
烏龍茶 半発酵 鳳凰単叢
紅茶 完全発酵 九曲紅梅
黒茶 後発酵 帮威古韻(プーアル茶)

中国では実にたくさんの種類のお茶が飲まれています。王静先生は四川省の出身で、子どもの頃は四川では主に緑茶が飲まれていたそうです。私たちは中国ではみんな烏龍茶を飲んでいるのかと思いきや、意外なことに烏龍茶は昔からあまり飲まれていないということでした。

中国でお茶が文化として発展したのは1970年代以降。それまでは戦争や内戦などでお茶の生産量が激減し、お茶の文化そのものが廃れてしまっていたそうです。政治の安定と経済的発展のよって国を挙げた茶葉生産が国策として位置付けられ、茶葉生産は激増します。

しかしながら、中国国内でお茶の消費は80年代に入り微減し続けます。お茶を愉しむ文化が国民の間に浸透していなかったからです。

お茶と文化と人と感情

ここでは書ききれないほどたくさんお話を伺いましたが、私が最も印象に残っているのは、このセミナーの最後に王静先生が私たちに問うた次の質問です。

『私たち人間はそもそもなぜお茶を飲むのでしょうか。そして今も飲み続けられているお茶とは、私たち人間にとって一体何なのでしょうか』

王静先生の淀みない日本語とお茶に対する情熱を目の当たりにし、私は何か心の奥底にある最も純粋なところに手が届いたようで、涙が込み上げてくるのを必死で耐えました。もしもあの場で私が泣き始めたら、相当ヤバい奴と思われていたことでしょう(歳を取ってきて、なんかそんなことに一々涙するようになってしまいました……)。

王静先生が振る舞ってくれたお茶を通して、そのお茶を作った人、そのお茶を王静先生に贈った人、王静先生の故郷、家族や友人、そしてその時々の王静先生自身と感情への追憶の旅をご一緒させていただいたように感じました。

お茶って、自分のそんな「特別」と向き合うコミュニケーションツールなのかもしれません。そして同じ時間を共に過ごす他者との対話や関係性を助けてくれるそんな存在として今もなお飲み続けられていると私は思いました。

最後に

台湾では1970年代に烏龍茶が持つ価値と意味について再評価が行われました。そして考案されたのが『茶芸』です。烏龍茶を煎れる過程に動作美を取り入れることにより、香りを愉しむ「聞香杯」という茶器が作られました。きっと日本の茶道も研究されたことでしょう。その要素に触発されて新たな形式が生まれ、新たな美と文化がもたらされたのではないでしょうか。

日本の教育も今、再評価されるときが来ています。国際バカロレアやイエナプランなど、他国の教育が公教育でも選択できるようになりはじめています。台湾で「茶芸」が生まれたように、日本の教育も再評価することにより、『学芸』として21世紀を生きるすべの学習者のための学ぶ作法が提案されることを期待しています。

王静先生とは以来、ありがたいことに親しくさせていただいています。折角なので、大阪で中国茶を通して、王静先生から学ぶ機会を今計画しています。王静先生のお話は実生活に転移できる概念の宝庫です。子どもたちにもそうですが、オトナ向けにもう一回立ち止まって学ぶことを考えるそんな機会にしたいと思っています。まだ計画段階なのですが、決まったら当ブログでお知らせしますので、ぜひいらしてください。