私にとってコーディネーターとしてIBDPの認定校を目指すのは2017年2月に認定を受けた筑波大学附属坂戸高等学校に次いで2校目になります。今でこそ、IBについて聞かれれば知った風なことを語ることはできますが、私がコーディネーターに指名されたのは、まさに「out of blue」でした。正直に白状すると、その時はIBについて何にも知りませんでした。
そんな知識ゼロの私が2015年マカオで行われたコーディネーター向けのワークショップに参加したのですから、さあ大変。今からIBを教えようとしているみなさん、あの時の「ヤツ」を知れば、絶対に自信が持てると思うんです。
パニック!
ワークショップは朝8:30~夕方5:00までみっちり3日間行われます。開始直後から私の頭からは蒸気が出続けていたと思います。それはまるで地獄の業火にかけられた鼎で脳みそが茹だてられているかのようでした。
実際、もう初日の開始5分で私はパニックに陥ります。聞きなれないIB用語のオンパレード。そもそもDP科目を見ても、「Language and Literature(言語と文学)」「English B」「Theory of Knowledge(知の理論)」、「Creativity, Activity, Service(CAS)」って言われたって、その科目が何を学ぶ科目なのかってわからないじゃないですか。
DPコーディネーターはDPのすべてについて知識を持っていなければいけません。候補校申請、認定校申請、予算、人事配置、教員養成、DP科目の内容とその組み立て、校内評価の日程やその方法、最終試験運営、生徒や保護者へのケア、広報戦略、もうここでは書ききれないほどのことがカバーされていました。短時間でパッパパッパと目まぐるしいスピードで進んでいきます。
インプットする情報も半端ないんです。他の参加者はコーディネーターが交代するタイミングで来ていた英語母語話者ばかりで、IB経験はそれなりにある人たちでした。その中で私一人が、何も知らない状態で参加したので圧倒的に知識が不足していて、議論にうまく入っていけませんでした。
次々とEdmodoという教育用SNSのプラットフォームに関連文書があげられ、「じゃ、これ読んで発表ね」って言われるものの、英語で書かれた文書はいちいち何十ページもあるし、同時にディスカッションしてからアウトプットするので、もうついていけないんですよね。
当時は日本語で文書が開示されておらず、また、関心校段階ではIBの文書を入手するサイト(現在のプログラムリソースセンター)へのアクセス権がなかったため、ワークショップの場にいかないとそれらを読むこともできませんでした。
ヒステリック!
そのパニックに陥った私に向けられた経験ある参加者たちの目を私は今だに忘れることができません。本当に悔しかった。そして情けなかった。だからご飯も食べずにワークショップが終わるや否や、私は毎日ホテルの部屋にこもってIBの文書を読み漁りました。次の日のセッションでは負けたくない。その一心でした。
TOK(Theory of Knowledge:知の理論)が何たるかを学んでいるセッションの時でした。TOKはDPのコア科目です。だからコーディネーターとしてTOKと各DP科目をどのように横断的に組み立てるかを理解しておく必要があります。TOKのガイドブックを読みつつ、ディスカッションです。
「世界5分前仮説」を覆してみよう!
お恥ずかしい話ですが、その時はじめて聞きました。世界5分前仮説。今では随分慣れましたが、IB文書で書かれている英語はIBIBしていてなかなか読み進めないんですね。それでも何とか大筋を理解しようとしていたんですが、世界5分前仮説と聞いて私はいよいよ、「こりゃダメだ」と自分の理解の限界を超えるのを感じました。思考ストップです。
どんなにホテルの部屋にこもってIBの文書を読んで予習しても、全くついていけていない。そして私は正直に言います。
“I don’t understand it.”
私にとって初めて参加したワークショップは散々な結果になりました。惨めでなりませんでした。でもその時に手を差し伸べてくれた人がいました。彼女とはそのワークショップの半年後に一緒に働くことになりました。そして今、筑波大学附属坂戸高等学校で私を引き継ぎ、DPコーディネータをしています。
ファンタスティック!
最終日、ワークショップリーダーが私に感想を尋ねました。私はこんな風に答えました。
「私は普段、英語の授業で偉そうに生徒に発言を促すくせに、この3日間のワークショップで何一つ自信をもって発言することも主張もできませんでした。正直、自分の能力の低さに失望しました。帰国したら生徒に謝ろうと思います」
すると、彼はそれは違うと言うのです。
「優一、君はただ黙って話を聞いていたわけではなかった。うなずいたり、質問したり、ちゃんと議論に参加していたよ。全員が主張ばかりしていたら、話し合いなんてできないだろ?話をする人がいて、聞く人がいて、内容を確認する人がいて、話し合いにはいろんな人が必要なんだ。君は進行しながら、話し合いにハーモニーをもたらしていたじゃないか。それって日本人が最も得意とするところだよね」
目から鱗でした。何も他者を打ち負かすような強い発言が議論に求められているわけではなかったんだと。自分なりの参加の仕方があって、それでいいんだ、と。
私は自分の考えを人前で話すのは得意ではありません。マイクの前に立てばスイッチが入るのですが、私が人前で話をするとき、その日は緊張で朝から何も食べることはできません。で、話し終わると胃袋が雑巾のように絞られるような痛みに約30分苦しむことになります。
そんな私でも得意なことがあります。司会進行です。自分の意見は言えません。でも、議論を回すことが私は上手です。このスキルを上げていけば、私は英語ネイティブの人たちにも引けは取らない。十分勝負できる。
私はマカオから香港に向かうフェリーの中で、3日間のワークショップの悔しさを噛みしめつつも、私は非常に前向きな気持ちで風を浴びていました。
最後に
帰国してすぐ、この話を生徒たちに正直に話しました。「先生、ごめんな」って。そしたら生徒たちはとても喜んでくれました。「先生もそう思うことあるんだ!」って。
うまくいくこともあれば、うまくいかないこともあります。でも、どちらにせよ自分を完全否定することからは何も生まれません。うまくいったことも、うまくいかなかったことも、どう振り返るかで確かな経験から意味づけされた知識になります。だから、何事も反省に終始せず、正当に振り返るスキルを培うことはとても大事です。
ただ、振り返る過程は結構しんどいのも事実。自分と向き合わないといけないのでね。今、その振り返りの過程にいる2人の学習者を紹介しましょう。次回から2回、彼らの話に耳を傾けたいと思います。