ラオスで私も考えた:田中慶太の場合 vol.1

みなさん、はじめまして。田中慶太と申します。都内某私立大学で経済学を専攻する3年生です。

クマユウ先生との出会いは昨年の夏、2016年のことでした。内閣府の国際交流事業でクマユウ先生は副団長、私は団員として3週間ほどラオスに派遣されました。以来、何度かお会いして、いろいろとお話を聞かせてもらっています。

そのような中、ラオスでの学びをぜひ共有してほしいとのお話をいただき、微力ながら協力させていただくこととなりました。よろしくお願いします。

※私は副団長としてか熊谷優一という人を知らないので、以後、いつも通り副団長と記します。

YOUは何しにラオスへ?

まずは、副団長との出会いの場にもなった、内閣府青年国際交流事業になぜ参加したのかについてです。

参加した理由を一言で表すと、五感を用いて海外に触れたいと思ったからです。このように思ったのも、大学1年生の時に訪れた私の初海外、フィリピンでの経験があったからでした。

私は、いきいきとした現地の人々の姿から、物質的な豊かさでは計ることのできない「本当の幸せ」を見た様な気がしたのです。当時、地方から上京して1年も満たない私は、東京の喧騒に辟易していました。フィリピン訪問は、それまでの東京への憧れが跡形もなく崩れ去っていた矢先のこと。人生において目指すべきものが、見つかった瞬間でした。

しかしながら、私たちが彼らと何が違って、どのように日常を過ごせばいいかは掴むことができていません。このことから、もっと海外に行って、いろいろなことを経験したいと思ったのです。

以上が、青年国際交流事業に参加した理由です。実はこの事業、3か国の中から自分の希望する国を選ぶことができます。その中の1つがラオスでした。

では、なぜラオスを選んだのか。それは、私自身が開発に興味があったからでした。「本当の幸せ」に対する疑問を持って以来、開発経済学という貧しい国が豊かになるための方法を学んでいます。

国際連合によるとラオスは後発開発途上国に分類されています。つまり、途上国の中でも、その開発は遅れているということです。そのため、ラオスへ実際に赴き、自分の知りたいことを深掘りしていきたいと考えました。

クマユウ先生との出会い

「副団長って、すごいけどすごくない」

以前、「劣等の往復運動」を読んだとき、「まさにその通り!!!!」だと思いました。

自信がないからと訴える若者たちへ熊谷優一がメッセージを送ります。

副団長という立場の人ですから、肩書も実績もあるんですよね。でも、どこか人間臭さも残っていて、それが副団長の良さだったんだと感じています。まじめな話もすれば、一緒にふざけたりもする。すごく親近感があって、話も入ってきやすいんです。副団長なら、自分の気持ちを理解してくれていると感じるんですよね。

つまり、「すごいけどすごさを感じさせない」とでも言うのでしょうか。副団長が自分の高校教師だったらと、考えてしまうくらい貴重な出会いだったと思います。

これからについて

このようにしてラオスを訪問し、副団長を含め多くの人との出会いがありました。いろいろな場所を訪れ、いろいろな話を聞きました。そして、このラオスでの経験を通して、様々なことを学ぶことができました。

これからはアフリカのケニアへ留学する予定です。「ラオスからケニア?」と感じる方もいらっしゃるでしょう。次回は、それを含めて、私がこのラオス訪問を通して学んだことを話していきたいと思います。