あの鐘を鳴らすのは… vol.1-2

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みなさん、こんにちは。橋本あすかといいます。熊谷先生が筑波大学附属坂戸高校に赴任する前の生徒です。

同級生とこの前会っていたときに、熊谷先生に連絡したら、あれよあれよという間に先生のブログの原稿を書くことになっていました。でも、声をかけてもらってすごくうれしいです。

私は定時制の高校に通っていましたが、こんな私の経験ももしかしたら誰かの役に立つのかもしれないですもんね。そして、私は岩手県立一関第一高等学校定時制課程でたくさんのことを学びました。そしてたくさんのステキな先生と、たくさんのステキな同級生と出会いました。

思い出

定時制の先生たちは授業に空き時間があると、私たちと一緒に授業を受けます。体育の授業は先生たちがいないと、球技ができないということもあるのですが…

特に体育の授業は、みんなでバレーボールをやったのを覚えています。ホント楽しかった。先生たちも本気でかかってくるし、男子も先生たちに負けじと向かっていくのでいつも白熱していました。バドミントンの授業もありましたが、アヤベ(熊谷先生のニックネーム)はバレーもバドミントンもやたらと上手いんですよ。

「ネットスポーツが上手な奴は性格が悪い」とアヤベが言っていましたが、自分で自分の性格が悪いって言っているようなものです。アヤベのバレーやバドミントンをやっている姿をみると、相当性格が悪いのがわかります。

アヤベは何者?

アヤベが私たちの先生になってから驚くことばっかりでした。

それは、11年も務めた宮城県の先生を辞めていたこと。韓国語が話せること。バレーも得意なこと。バドミントンも強いこと。そして、もう1回先生になることを目指していること。皇居で天皇陛下や皇后陛下とお話ししたことがあること。実は結構な歳だっていうこと。

すごい経歴だと思いました。普通、公務員やめます?もし私だったら…せっかく公務員になったんだからやめないと思います。アヤベは、「それでもやりたいことが勝ってしまうからなぁ…」と他人事みたいに言いながら、友達から「お前は人生の岐路という岐路で、ことごとくより馬鹿な方を選んできた」って言われたって笑っていました。

いやいや。ちょっと待ってアヤベ!って私なんかは思いましたし、でも、年齢を重ねても挑戦し続けるところをちょっぴり尊敬もしていました。いつも明るいアヤべを見ていたら、何でも出来そう!と思いました。アヤベを見ているとなんか勇気が湧いてくるんですよね。

そんなアヤベの影響で私は決めました。

決断・前進・挑戦

私が決意したことは、夢をあきらめないことです。具体的には、高校3年生をもって定時制から通信制高校に転校し、専門学校にも通うことです。

あと1年が待てませんでした。今すぐに行きたい。学びたい。そんな思いから、アルバイトで貯めたお金を使い、不足分は親戚に頼み込み、高校4年生になるときに、美容の専門学校と通信制高校に通い始めました。

美容はお金がかかるため、当時はアルバイトを掛け持ちしていました。それでも、自分で決めたこと、やりたいことをやる充実感で楽しい日々でした。

美容の専門学校に入って、1年生の夏休み中には、海外研修に行く話があり、希望者のみでしたがアヤベのことを思い出して、ここは挑戦するときだとアメリカに行きました。ずっと英語は苦手なのですが、カタコト英語とジェスチャーで乗り切ることができました。

アヤベが言っていたことは、意外に嘘じゃない、何事もやってみないとわからないと思いました。

最後に

専門学校を卒業した現在、美容とは違いますが、憧れていた業種で働いています。些細なきっかけと、アルバイトの経験から現在の職業に出会うことができました。

私がお伝えしたいことは、学歴が全てではない、ということです。

優秀な高校、大学に行けば全員がいい会社に行けるわけではないし、定時制だった私も同期に4年制大学を卒業した方がいます。「何を与えられるか、ではなくて与えられたものをどう利用するか」が大切だと思うのです。

私は、あえて定時制を選んだことを後悔していません。15歳から大人に混ざって仕事をしてきて、たくさんの出会いと経験があり、今に繋がっています。

定時制や通信制に対するイメージの改善を願っています。そして、アヤベが以下の記事で書いていますが、「学び続けることをあきらめないで」と私も思っています。私の話が誰かの何かに届いたらうれしいです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

自らの経験を踏まえて、進学の芽を探ることを熊谷優一が提案しています。
進学の芽を探ることを熊谷優一が提案しています。
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