13月と裏切りの大沢温泉

みなさん、こんにちは。熊谷優一です。この「13月」シリーズでは3か月に1回位のペースで私と私のばあさんとの間で起こった悲喜こもごもを書いています。

「13月」とは、「おめでたいやつ、まぬけ」といった意味で東北ではよく使われていました。私の失敗を罵るために私のばあさんが最も高頻度で私に用いたフレーズのひとつでもあります。

今回は私が人を疑う心を憶え、裏切り、策略、そして諦めという言葉を身を以て体験した出来事を、よりによってばあさんの命日の今日リリースしようと思います。

おじいちゃんという人

「おじいちゃん」という人は年に一度、やたら大きいパイナップルやマカダミアンナッツ、瓶詰めのマヨネーズなんかを持ってきては、うちにとても長い間いて、気がついたらいなくなる、幼ごころに謎な人物でした。その人が、ばあさんと婚姻関係にあり、遠洋マグロ漁船に乗って太平洋を流していたと知ったのはおじいちゃんが陸に上がった(引退した)ときです。

正直、「おじいちゃん」という言葉が「おばあちゃん」という言葉の対になっていることも2歳とか、3歳だった私にはよくわかっていませんでした。そんなおじいちゃんが毎日家にいるようになったある時、ばあさんと私と、私にとってはまるで血縁関係にあるとは実感できないおじいちゃんなる人とで温泉に行くことになったのです。

そのことが告げられたのはその日、運転して私たちを大沢温泉(岩手県)に送ってくれることになっていた親戚のあんちゃんからです。私は怯えました。だって、ほぼほぼ見ず知らずの人の領域にいる「おじいちゃん」という人物と泊を伴って遠出するのですよ!私は最後の最後まで泣き叫んで抵抗しましたが、あっさり車に乗せられました。

ばあさんは見逃さない

車の助手席に乗せられた私は涙も乾かぬまま「あんちゃんと絶対に家に帰る」といつまでもぶつぶつ言いながら、何とかしてこの状況を打破しようと知恵を絞りました。あんちゃんは安易な言葉でまだ4歳の私を説得しようと試みますが、私はあのばあさんが育てた孫。そう安々と口車には乗りません。

しかし、車のドアを開けて逃亡を図ろうにも、家に帰る道はわからず、チルチルミチルみたいなことになるのは目に見えているし、だいたい怪我でもしようものなら痛いのは自分。これはできる限りの抵抗をして、大人をあきらめさせ、私を家に帰す選択をさせるしかない。私はひとまず、もう一度大騒ぎすることにしました。

すると、眼前に遊園地のミニチュアみたいなものが見え、一瞬そっちに気を取られました。それをばあさんが見逃す訳がない!いつになく甘い声で、「ゆう、あそこの遊園地にいぐべ!」と後部座席から私の耳元に囁きました。私はその声を聞いて、その時ばあさんがどんな顔をしているか見なくても想像がつきました。

早くオトナになりたい

騙そうとしている。これは明らかなる策略。子供が遊具に夢中になっている間にあんちゃんを返し、あとはタクシーかなんかで旅館にむかう手筈になっているに違いない。絶対に騙されないぞ!

私はそう固く誓い、しかも少し騙されかかっている風な道化を演じ、あんちゃんの動向を視界の片隅でたえず追いながら遊具に向かいました。が、しかし。一瞬、私は夢中になってしまったのです。「ハッ」としてあんちゃんを探すと、そこにはもう彼の姿はありませんでした……。

わかっていたのに!わかっていたのに、子供の私は遊具なんてものに夢中になってしまったのです。何たる失態!早くオトナになりたい。オトナに騙されないために!

私は自分が悔しくて目に涙をいっぱいにため、その場に立ち尽くしました。すると、ばあさんが袖で私の涙を拭き、私の手を引いて、静かに、そして穏やかに「さあ、温泉いくぞ」と告げました。

最後に

自分自身に対して忸怩たる思いはあったものの、もう嘆いても仕方ないことを知り、私は諸々諦念して、せっかくだから温泉ライフを楽しむことにしました。ばあさんが私を連れてきたことを後悔するほどに。

それはまんまと成功し、私は温泉街で「夏の夜の夢」のパック並にいたずらの限りを尽くして遊びました。「私がナイフなら、あなたも傷つけながら折れる」マインドを持ったのはこの時でなかったかと思います。

この間友人が、大沢温泉に「藤三旅館・別邸 心の刻 十三月」というところがあると教えてくれました。これは行くべきでしょうかね?功徳を積みに……。

さあ、今回はCreepy Nutsの新曲、ドラマ「コタキ兄弟と四苦八苦」の主題歌「オトナ」でお別れです。またお目にかかります。みなさん良い週末を!