みなさん、こんにちは。熊谷優一です。この夏、札幌で行われたMYP(Middle Years Programme)保健体育のワークショップに言語サポート(通訳)として参加しました。MYPは中学生向けのプログラムです。したがって受講したのは中学校の先生がほとんどです。北海道で(!)中学校の(!)体育の(!)先生たちと国際バカロレア(IB:International Baccalaureate)のことを学べるチャンスなんて、これは絶対に面白くないわけがないと、ノリノリで引き受けてしまい、後に不安に駆り立てられることになります。
今日はそのワークショップでのことを書きたいと思います。
日本語のリソースは圧倒的に不足している
IBの文書はまだまだ日本語で翻訳されているものは多くありません。DP(Diploma Programme)に関する資料はこの2年間で随分増えましたが、MYPやPYP(Primary Years programme)についてはまだまだです。MYP保健体育についても、まだ正式に日本語に翻訳されているものがありません。なので、目を皿にして英語の資料を読み込んでから札幌に入りました。しかし、MYPについても、保健体育についても私は門外漢。不安は募るばかりでした。
ワークショップリーダーは陽気なアメリカ人の先生です。ワークショップ前日にホテルのロビーで初めて顔を合わせ、彼女から3日間のワークショップで使うスライドを見せられました。結構な量…どのように進行するのかも知っておきたい。ちゃんと聞いておかなければ…。
先生方は期待をもってワークショップに参加するでしょうし、私も無様な姿は見せたくないので、ホテルの部屋に戻ってからもスライドと資料を読み返しながら、どんな補足説明を求められる可能性があるか予想しつつ、言語サポートではありますが、できる限りの準備をし、初日を迎えました。
しかしながら、参加する先生方を目の前にすると、当初予定したことが思うようにいかなかったり、プランを変更したりということが出てきます。その都度ワークショップリーダーと相談しました。臨機応変にその場を読む力が求められたように思います。
探求テーマを記述する
単元指導案、IBでは「ユニットプランナー」といいますが、その中に「探求テーマ(Statement of Inquiry)」を記述します。が、それがまた簡単にはいかないんです。
MYPでは各教科で指定された「重要概念(Key Concept)」と「関連概念(Related Concept)」を授業でとりあげます。保健体育では、それぞれ「変化・コミュニケーション・システム」と「適応・バランス・選択・エネルギー・環境・機能・相互作用・動き・ものの見方・改良・空間・システム」です。
単元ごとに重要概念を1つ、関連概念を2つ程度選び、そこに「グローバルな文脈(Global Context)」を盛り込んで探求テーマを設定します。概念とグローバルな文脈について説明すると永遠に終わらないので、詳しくは「MYP:原則から実践へ」をご覧下さい。
例えば、私が見せていただいたユニットプランの探求テーマを紹介するとこんな感じです。
「アイデンティティーは身体の機能や動きの多様性により成立する(体づくり運動)」
「物事を多用な視点でとらえることは、規定された原則における公平性を再検証する(球技)」
基本概念から出発し、関連概念・グルーバルな文脈を盛り込んで、探求テーマとして「ユニットプランナー」と呼ばれる各単元指導案に記述します。これが揺らぐとこの後に記述する「探求の問い(Inquiry Questions)」や「総括的評価(Summative Assessment)」に一貫性を保つことができません。ユニットプランナーを作成するうえで、この探求テーマをいかに言語化するかは最も重要な要素です。
代替えのリソースを活用する
しかし、この記述が難しい。体育の先生は言語の先生ではありませんし、この表現方法は非常に硬いというか、英語英語しすぎていて、それぞれの先生が設定した単元のユニットプランナーを作成する際、言語化するのに苦労されたようです。頭の中にアイディアは浮かんでいるものの、うまく言葉にならなくてもどかしいという表情をされていました。
そこで私がいつも授業で使っている「Philosophy Book(哲学大図鑑)」の日本語版が会場となった学校の図書館にあったので紹介しました。そこには哲学者たちの名言が載っていて、単語を入れ替えたり、表現をもじったりすると、うまい具合に小難しいことを一文で表すことができるんです。
この後、ユニットプランナー作成はスムーズに流れていきました。休憩時間に他のMYP科目のワークショップリーダーにこの話をしたら、彼女もこの本を探求テーマ記述の導入とし使い、とても役立ったと言っていました。
英語版もAmazonで簡単に手に入ります。英語の苦手な生徒にも有効です。ちょっと難易度の高い単語で難しめの内容を英語で表現するときにお手本になるからです。英作文ならぬ、英借文とでも言えばいいでしょうか。
最後に
探求テーマの記述に戸惑ったものの、流石体育の先生!体を動かすアクティビティはキレッキレでした。そのアクティビティは「相手を威嚇し、言葉を発しながら40秒間で披露する」というもので、4人一組になって、各グループが創作し、披露し、評価し合いました。体を動かす活動になった途端、みなさんの表情がイキイキしだしのは「体育の先生あるある」でしょうか。
3日間はアッという間です。気が付いたら終わっていました。うまく翻訳できなかったところがありました。私のIBと日本の教育に関する知識は十分ではないことを思い知りました。まだまだ勉強が必要だと感じています。そんな折、参加された先生からこんなメールをいただきました。
「ワークショップリーダーの話を聞いている熊谷先生の表情を見ながら、どんどん暗くなっていく時は”ここは難解そうなので心の準備を…”とか、ニコニコキラキラしてきたら”ここは面白そうだから楽しみ!”とか、勝手に判断しながら勉強させていただきました。熊谷先生から時々出る『体育スゲー!』の言葉が嬉しかったです。ありがとうございました!』
いちいち表情に出てしまう自らの未熟さを恥じつつ、少なくても私の一言が誰かを喜ばすことができたのかもしれないとうれしくなりました。と同時に、日本の体育ってスゲー!っていうのは本当にそう思いました。私は、「体育教育は日本の社会を形成するのに貢献している」と思っています。保健体育は小学校1年生から高校3年生まで片時も中断されることなく日本の教育の中心に位置づけられています。保健体育を通して、我々日本人は「生きること」そのことに向き合います。また、体育の授業で体験できる運動の種類の豊富さが、社会人になって未経験のスポーツに取り組む心理的ハードルを下げ、スポーツを楽しみながらコミュニティに参加することを可能にしています。
北海道の、中学校の、体育の先生たちと一緒にIBについて、日本の教育について、また違った視点から学ばせてもらいました。と同時に、センセイって子供たちにとって、学び続けるロールモデルなんですよね。先生も悩みながら学んでいる背中を生徒たちは必ず見ています。そして、そうやって学び続けていることは必ず生徒に還元されます。札幌で、中学校の体育の先生たちと一緒に頭を抱えながら学ぶことができて貴重な経験をさせていただきました。参加された先生方ありがとうございます。
IBを日本の教育に落とし込んでいくためにはまだまだ時間がかかるでしょう。ぜひ、一緒に悩みながら、これからも手を携えあって、学びあっていきましょう!