街は様々な問いに溢れています。本屋に並ぶ書籍、アーケードで聞こえてくる音楽、やがて暗黙の秩序が生じる混沌とした人の流れ、商店街で交わされる一見無意味な会話。普段はなんとも思わないことがふと気になりだしたら、それが私たちの「知の目覚め」の合図です。
皆さん、こんにちは。熊谷優一です。先日、中島みゆきのコンサート「歌会 vol.1」に行ってきました。終始、中島みゆきの歌のメッセージと声音に、手で押さえていないと顎が落ちてしまうほどに圧倒され続けました。
歌会 vol.1
今年72歳になると思えぬその凄まじい声量と迫力。日頃、どれだけのトレーニングと自己管理した結果なのでしょうか。だいたいにして体力に自信がなければ、2幕目の前半の5曲で1曲ごとに衣装を変えるという荒技に出るはずがない。コロナで活動を休止せざるをえなかった期間、この人は再び舞台で歌う日のために怠けなかったんだなと感じました。
そういえば、新しく始まった「プロジェクトX」のオープニング曲として、20年以上前にリリースした名曲『地上の星』のキーを2つ上げた『新・地上の星(NHKがYoutubeで公開しました。リンクからご覧ください)』を再録音したというニュースがありましたね。年齢を重ねてキーを下げるのではなく、キーを上げてくるんですからね。
年齢を言い訳にして何かをやらない言い訳にしてはいけないと励まされたというか、叱られた気持ちになったというか、BSの番組で櫻井よしこに嗜められた先崎彰容のような感じとでも言いますか……。シンプルに、友人共々「ちゃんと頑張ります」って思いました笑。
「歌会 vol. 1」は歌手中島みゆきが一人で全19曲歌い上げる、それはそれは見事なコンサートでした。
歌詞を見て歌を聞かなかくなった
中島みゆきといえば、国際バカロレア・ディプロマプログラムの文学における作家リストに入っている唯一の日本人シンガーソングライターということもあり、例えば『ファイト!』という歌で聞き手が複数の登場人物を識別できるのは私たちが日本語の何を知っているからなのか、などプレIBのセッションでも度々取り上げてきました。
そういえば、以前テレビから流れてきた『観音橋』という歌についてこのシリーズで取り上げたことがありましたね。
この歌には、橋のこちら側に住まう人々とあちら側に棲まう人々のことが歌われています。あの時は耳を頼りに聞いただけでしたが、今回この歌の歌詞をきちんと読んでみると、歌はまた違って聞こえてきます。私は「観音橋を渡らず右へ…」という最初のフレーズに引っ張られて、歌詞をきちんと理解していなかったなと今思っています。
調べてみたら、中島みゆきと糸井重里がこの歌について話している対談を見つけました。そうか、主人公は橋のこっち側に住む異人。橋のあっち側に行った娘が「鳥の羽をむしる生業」を目撃し、こちら側に逃げ戻ってくるとあります。私はこっちとあっちを逆に捉えていましたし、こっち側に馴染まない人として主人公を見ていませんでした。
未来へ、君だけで行け
今回のコンサートで最も度肝を抜かれたのが『心音』という歌です。昨年、『アリスとテレスのまぼろし工場』という映画の主題歌として発表されました。
アンコール前のラストの曲として、「未来へ、未来へ、未来へ、君だけで行け」と中島みゆきは歌います。最後のサビのところでは彼女だけにスポットライトが当たり、宙を掴むように手を高らかと上げ、アカペラで「未来へ、未来へ、未来へ、君だけで行け」と歌ったのです。
ゾクっとしました。正直、怖かった。だって、自分だけで行けって言うんですよ。命令形で。お前はそれだけの覚悟があるのかと面と向かって問われたような気持ちになったんです。その問いから逃げられないというか、突きつけられているというか……。あとで友人は、「あの時はこの世に中島みゆきと自分しかいなかった」って言っていましたが、私も同じように感じていました。だから怖かったのかもしれません。
最後に
中島みゆきの『心音』のミュージビデオはこちらです。歌詞もついていますので、ぜひ歌詞を見ながら聞いてみてください。
ちゃんと歌詞を見ながら聞くと、「未来へ、君だけでいけ」と言っている相手は「本当の僕」だとわかります。そして、「未来へ、君だけで行け」と祈りのように叫ぶだろうと歌っています。私は中島みゆきから「未来へ、君だけで行け」と言われた気になっていますが、この歌の主人公が自分自身に言いたいんですね。
今回のコンサートで私と友人はすっかり中島みゆきの歌に感化され、音源がリマスターされたCDを随分と購入しました。私は個人的に『36.5℃』というアルバムが好きなのですが、彼女のキャリアの前半のシングルを収録した『Singles』のリマスター版がおすすめです。その音の豊かさに中島みゆきの歌のイメージが変わりました。そして、歌詞カードをじっくり見ながら繰り返し聴いて、聞き逃していたことの何と多いことか、世界と人についてなんて鋭い洞察を歌にしているのかと思ったのでした。
サブスクで楽曲が配信されるようになってから、私は歌詞カードを見ながら歌を聴くということがなくなりました。技術の進歩により便利になり、人の行動様式を変えた例はこの他にもたくさんありますが、そのことによって失われたことも多く、それはそれでもったいないと思います。
安室奈美恵もサブスク配信をやめたことですし、これからはしばらく、私はCDを買って、歌詞カードを見ながらじっくり歌を楽しむことだろうと思います。