街角TOK:街の本屋さん

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この前、今すぐにでも読みたい本があったので久しぶりに街の書店に足を運んだんですね。そうして思ったんです。最近、めっきり書店に足を運ばなくなったことだと。

確かに大阪に引っ越してきて、梅田の阪急三番街にある紀伊国屋書店以外、どこに本屋があるのかすら意識しなくなりました。かつては本屋を起点に生活を考えていただけに、ちょっとした驚きでした。

近所の小さな書店に行ってなくて、大きな本屋さんにも行ってみてやっぱりなくて、結局Amazonで買いました。

街角TOK

かつてどんな小さな町にも本屋さんが何軒もありました。そしてそこから得られる知識で町のあらゆる好奇心が潤っていました。本屋さんがナレッジキャピタルだったと言ってもよかったと思います。

しかし、その本屋さんがどんどん町から消えています。知識の入手先が多様化したこと、知識そのものが細分化したことによって個別化したニーズに書店が答えられなくなったことも原因かもしれませんが、いずれにせよ、私は全く本屋に行かなくなりました。

今やネットで注文した本は遅くても翌日には配送料が無料で届きます。買い物のついでに重い思いをしなくても済むうえ、欲しい本が明確にある場合は本屋に行く時間も交通費もかからないので超絶便利です。

さらにタブレットが一台あれば作品を読めますし、暗いところでも読めますもんね。何より家に本棚を置かなくてもよくなるとすると、場所も取らないし、引っ越しの時も面倒くさくないので、これはますます本を売るという形態は廃れていく運命なのかもって感じるのですが……。

台所のTOK

私に読書習慣を定着させてくれたのは、当ブログ(チノメザメ)でも3か月に一度は登場する私のばあさんです。ばあさんは小学校にも通わせてもらえなかったそうで、カタカナが辛うじてかけるくらいで、ひらがなや漢字が書けませんでした。地方新聞に目を通している姿を見たことはありますが、実際にどの程度読めていたのかはわかりません。彼女にとって情報を入手する主な手段はテレビやラジオでした。

そんな彼女が台所に立つとき、私に毎日課していたことがあります。お支度をしたり、皿洗いをしているおばあちゃんにむけて本を読むことです。幼稚園生の頃から、小学校高学年になるまで毎日毎日ありとあらゆる本を読みました。今思えば、何て素晴らしい機会をばあさんは私に設けてくれたことだろうと心の底から感謝しています。おかげで私は本を読むことは習慣になりました。

また、黙読しているときと、音読している時では理解のテンションが違うんですよね。うまく伝わるかわからないのですが、音読しているとより登場人物たちに感情移入できるというか。景色も目の前に広がってきて、まるで自分がその作品の中にいるような浮遊感がありました。

私の経験からの話なので、科学的なことはわかりませんが、小さなお子さんをお持ちの方には音読を勧めています。

オトナTOK

さて、ここまで「街角TOK」だ「台所のTOK」だと、何も触れないまま「TOK」を小タイトルに使ってきましたが、「TOK」とは国際バカロレア(IB:International Baccalaureate)、ディプロマ・プログラム(DP:Diploma Programme)における「知の理論(Theory of Knowledge)」という全世界共通科目の頭文字です。省略して、「TOK」と言われています。

これまで全国で国際バカロレアという教育プログラムのイベントに呼ばれるときには、その「TOK」の模擬的授業を実施してきたのですが、子どもたちよりもお父さん、お母さん、企業の方々から熱い反応をもらいました。こんな風に勉強したかったし、機会があるなら、今からでもやってみたいと。

そんな機会を作ってもらえないかという声を多数いただいたので、現在、大人が勉強できる機会を計画しています。TOKは国際バカロレア認定校の生徒向けの科目なので、そっくりそのままというのではなく、その手法を応用した何かについて多角的に思考するワークショップのようなものを考えています。大人向けTOK的に理解していただければと思います。

準備が整い次第、当ブログにてご案内しますので、もしよろしければいらしてください。

最後に

先日、保護者のみなさんの前でお話しする機会があったのですが、以前、「ご本読んどきますね」で紹介した本をお勧めしました。

そろそろ夏休みが始まります。今年の夏はどんな本に出会えるでしょう。

なぜ今、教育改革が必要なのか。それに答えている本です。ぜひお手に取って読んでみてください。そしてその感想をシェアしていただけたら嬉しいです。子どもたちもそうですが、我々オトナも生涯に渡って学び続ける学習者です。

その姿勢を子供たちに見せることも大切なことですね。いつまでも学びきったという実感がありませんが、好奇心をもって今後とも学びたいし、その姿を見せることくらいしか、私は教育者として子供たちにできることはないのかもなんて思う今日この頃です。

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