新春初夢特集:I dreamed a dream.

明けましておめでとうございます。熊谷優一です。大阪に越してきて早9ヶ月。ずっと放っておいた段ボールの中から、私は見つけてしまったんです。私のささやかな夢の通り道を……。

これは2008年夏の出来事です。夢って叶わないものじゃないよって伝えたくて、その時のうつむきがちだった私の生徒に向けて書いたものをお送りします。

My Best Girl from “Mame”

この夏、私は旅に出た。降り立ったのはNY。『DEUCE』という舞台に主演するアンジェラ・ランズベリーという女優を見に来たのだ。

彼女はアメリカのTVドラマ『ジェシカおばさんの事件簿』 に主演し、世界的に有名になった大女優。高校生の時にその番組を見て一目惚れした私は、彼女と話がしたい一心で真剣に英語を勉強し始めたのだった。

そして今、私は憧れのあの人と同じ街にいる。そう考えただけで胸が高鳴った。

思いがけず夢が叶ったのは、NYに着いた翌日のことだった。その日私は、実際に舞台を見る前に、出待ちする場所を確認しようと、すんごく暑いのに、わざわざ歩いて29丁目の宿から45丁目の劇場まで汗だくで歩いたのだった。辛く苦しい道のりであればあるほど、あの人に会える、そんな気がした。

鞄の中にはアンジェラさんへのプレゼントが入っている。サインをもらうためアンジェラさんの往年のミュージカルナンバーを集めたベスト盤CDも購入した。油性マジックも忘れてはいない。

Nowhere to Go But Up from “メリー・ポピンズ・リターンズ”


一応今日は下見だが、万が一、アンジェラさんと道端でばったりなんてことになってもいいように、頭の中で何度もシミュレーションする。

「サイン→握手→会話→ハグ」

もし泣いて何も話せなくなってもいいように、手紙もしたためた。楽屋口を確認し、翌々日の観劇に思い馳せる。もう、いつ何が起きても準備万端。

しばらくその場でたたずんでいると、何やら楽屋口に柵が置かれ始めた。舞台が終わったようだ。劇場から観客が大勢あふれ出る。まずい、こうしてはいられない。楽屋口に急ぐ。係のおじさん、アンジェラさんが必ず寄ってくれるのは柵のこっち側ですか、それともそっち側ですか?

まず、共演の女優さんが登場。 共演の女優さんはファンの攻勢に丁寧に接している。 そうこうしているうちに、楽屋口が騒がしい。慌てて手紙を落とす。かがんでる間に歓声が!

おおっと~!見上げればそこに!見上げればそこに、夢にまで見たアンジェラさんがいる!

「サイン→握手→会話→ハグ」

もう一度、頭の中で確認する。そしてゆっくりと、アンジェラさんが私に歩み寄る。ボルテージは最高潮。のどが渇く。腹が痛い。

「アンジェラさん!アンジェラさん!アンジェラさん! 」

何度も頭の中で名前を呼ぶ。声は出ない。心臓がバクバク鳴って息苦しい。そして、ついに憧れのあの人が目の前に!差し出したCDにサインするアンジェラさん。手を握りながら、「あなたに会うためにNYに来ました。 私の気持ちはこの中にすべて書いたので読んでください」 と手紙とプレゼントを渡す。

Beauty and the Beast from “美女と野獣”

肩と肩がふれあうほど近い距離で写真を撮ってもらう。カメラは予め後ろの人に頼んでおいた。もう一押し。ここで私の男っぷりが試されている。

私「Can you hug me?(ハグしてもらってもいいですか?)」
アンジェラさん「Sure.(もちろん)」

アンジェラさんの右頬、そして左頬に……。叶ったのだ!本当に夢が叶ったのだ!憧れのあの人が今私の腕の中にいる。

その後、私はあまりもうれしくて、ブロードウェイをダッシュした。息ができなくなるほど苦しくなるまで、全速力でユニオンスクエアまで走り続けた。どんなにか辛かったあの日々も、いつかこんな風に報いが必ず訪れるのだから、人生は捨てたもんじゃない。

私はなお生きている。また新しいステージの幕が開くのを予感していた。

最後に

この話には後日談がありまして……。自宅にアンジェラさんから手紙が届きました。私もちゃっかりしていて、手紙の最後に住所を書いていたんです。そしたらサインと「Thank you, Yuichi」と書かれたポートレートが送られてきました。家宝として今も大切に保管しています。

アンジェラさんは今年93歳になりました。今なお精力的に活躍しています。昨年は3本の映画に出演しました。「グリンチ」の新作では市長の声で出演していますし、日本では2月に「メリー・ポピンズ・リターンズ」が公開されます。

アンジェラ・ランズベリーという女優との出会いが私の人生を変えました。彼女に会って話したい一心で私は英語を勉強しました。彼女がミュージカルに出演していたというので演劇を勉強し、教員になってからミュージカルを作りました。初めて英語の本を読んだのも、彼女が書いた本でした。当時は洋書を注文すると届くまで3か月くらいかかったんですよね。芋づる式に私の世界が広がったのは彼女のおかげです。

みなさんも、人から何と言われようとみなさんと突き動かす興味関心があるはずです。そのことについて一回突き詰めてみませんか。案外、みなさんが思っている憧れは近いところにあるかもしれません。

お別れの曲はミュージカル『Mame』より、アンジェラ・ランズベリーで「Open a New Window」です。今年もどうぞよろしくお願いいたします。