脱・出口戦略 ~Learning is a lifelong process~

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みなさん、こんにちは。熊谷優一です。前回は昨年201811月11日に大阪で開催された「国際バカロレアフォーラム in 大阪~国際バカロレア実践者・学習者・保護者に聞く21世紀の学びの形~」に来場した保護者の方から寄せられたメッセージを紹介しました。

そのメッセージに対する私なりの返信を今回は書いてみようと思います。

入口戦略

「出口戦略」という言葉をよく聞きます。でも私は思うんです。誰にとっての出口ですか、と。それは学校や親など、大人にとっての出口じゃないですかって。

生徒にとっては社会への入り口に他なりません。今なお、アクティブラーニングとか、Project Based Learningとか、生徒自身が主役になるような学習が広まっている中、進路指導においては未だにどこの大学に入ったかで人生が担保されるかのような声がよく聞かれます。

私が筑坂で国際バカロレア(IB:International Baccalaureate)の担当になり、方々でプロモーションをしたときに真っ先に言われたのが、IBをやって国公立に何人入れるんだ、海外の有名大学に何人送れるのかということでした。進路実績を伴わないプログラムに意味も価値もないと、海外の日本人学校の進路指導の先生にバッサリ切り捨てられたこともあります。

人生100年時代。あらゆる本が指摘しているように、変化著しい時代に、長い長い人生を生ききるためには、大学で学んだ知識技能では途中で息切れしてしまうのは明白です。学び直す、もしくは学び続ける体力が必要です。とすると、学校教育が養成しようとするスキルはこれまでとは少し変わってくるのではないでしょうか。

英語≠グローバル

私が鼻曲がりなのかもしれませんが、ずっと違和感があるんですよね。ベトナムでレストランを経営されている白井尋さんも懸念されていましたし、先日大阪の海外拠点を持っている会社の集まりでお話させていただいたときも、人事部のみなさんが共通しておっしゃっていたことです。

ベトナムで出会った二人の教育者との対話を通して熊谷が自らの教育観を見つめ直しました。
熊谷の憧れの存在、ベトナムでレストランを経営する白井尋さんに寄稿していただきました。

「英語=グローバル」では決してない。私が日本語と英語によるDLDP(Dual Language Diploma Programme)に期待を寄せるのは、日本に生まれ育った子供たちが、このグローバル社会において自他のアイデンティティを個性として認め合い、関係性を築くスキルを身に着けられるところです。それが10の学習者像に反映されています。

海外で働く日本人の中にはなかなか現地のスタッフと関係性を築くことができずにいる人も多いと聞きます。違いを違いと認め、自らの文化では合理的に見えないことの中にも正しさがあることを勘づくそういった視点が必要なのではないかと思います。

根拠なき優越感は根拠なき劣等感に原因します。私もかつてはそうでしたし、今も自分の劣等感をごまかすために無理やり優位に立とうとする気持ちがあることを認識しています。でも、それは結局何も生まないことも私は知っています。

自己と他己を比較することは自分自身の個性を鮮やかにします。でも、そのことでしか自分の価値観を感じられず、人の価値をジャッジしてしまうのは何だか見ていて苦しくなりませんか?

大学におけるIBの認知度

メッセージをいただいたお母さんが娘さんと上智大学のオープンキャンパスに行かれたそうです。そのとき、日本語DP入試について聞きに入試相談コーナーに行ったところ、日本語DP自体が担当者に全く認知されていなかったそうなのです。

しかし、「IBDPの生徒は大歓迎だけれど、実は、日本語能力が足りずに大学レベルの授業についていけない英語DP出身学生がいることも事実。そういう意味では、日本語DP出身者というのは理想的かもしれない」と、職員の方が話したそうです。

そのお母さんは、日本語DPの可能性を感じつつも、英語DPでないと世間で評価されないかも、という不安をぬぐいきれなかったと言います。ICUも日本語DP生を受け入れると昨年発表しました。横浜市立大学は日本語DP生は大歓迎と言っています。

いずれ他大学、そして社会に認知が広まる可能性があると私は思っているのですが……。

最後に

学校卒業後のことは、出口戦略ではなく、入口戦略って私は呼びたい。子どもたちが社会に入っていくための戦略です。中学は、高校は、そして大学は、子どもたちにその先の人生をどう見せてあげられるでしょうか。

長い長い人生をどのようによりよく生きていくか。大学4年間でそのために何が担保されるのでしょうか。人生は学びの過程そのものです。急速に変化するこの社会に適応して生きていくためには、その都度学びのアップデートどころか、新たな分野を学ばなければいけないかもしれません。

その時に、拒絶して学びやめるのか、一旦学んでみるのか、その選択の帰着地点はかなり異なっているでしょう。IBであれ、何であれ、生涯に渡って学び続ける、そんなマインドセットを育むこと、そのためのスキルを養うことは教育の非常に大切な目的ではないでしょうか。

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