カワラナイコト

スポンサーリンク




大阪に越してきて早9ヶ月。部屋の片隅に積み上げて、なかったことにしていた段ボールもいよいよ片付けねばなるまい。そして、私は見つけてしまったんです。

こんにちは、熊谷優一です。2007年3月。私は6年間勤めた宮城県本吉響高校を離任しました。1年生の担任をしていましたが、県立の教員にとって転勤はつきものですから、致し方ありません。本吉響高校は総合学科の学校で、1年生の必修科目に「産業社会と人間」という自分の人生のキャリアプランを考える科目があるのですが、私のその科目担当ということもあり、年度末に発行した生徒個々人のライフプラン集の巻頭にこんなことを書きました。

それぞれのライフプラン

ここに平成18年度本吉響高校1年次生160名のライフプランが寄せられている。新聞形式で16年間を振り返りつつ1枚の紙面に未来を描くことは、なかなかどうして簡単な作業ではなかったはずだ。

どこから書き始めるか、何を選び、何を捨て、どう締めくくるか……。普段の君たちを知っているから、苦しみながらもそれぞれの工夫が見えて、実に楽しく読めた。十人十色とは言ったもので、たった一枚の紙面がこんなにも個性が溢れている。

私は高校時代、あまり進路について真剣に考えたことはなかった。大学に進学して英語を学びたいと思い始めたのも高校2年生の終わりだった。大学でも就職活動をしなかったので、私は職業観を持たずに社会人になったと言っていい。

そのせいか、毎日迷いと悩みの連続だ。教員という仕事が自分に向いているか、他の道はないのか。自分の能力不足と対峙し、しばしば辞めようと思った。しかし、社会人講話をお願いしたマイクロソフトの齋藤さんから、「教育委に対して熱い情熱と理論を持っている」と言われ、内心ビックリした。

私の何がそういう風に思われたのか全くの謎だが、そんな風に他の人の目から自分についてフィードバックされることは、案外自分について新たな発見があるのかもしれない。私は正直嬉しかった。だから、このライフプラン集を読んで、色んな人にコメントしてほしい。

「字が上手だね」でもいいし、「お前の考えてる事深いな」でもいい。気が利かないコメントでも、きちんと読んでいればきちんと読んだなりの気持ちは伝わるから、できるだけたくさんの人にコメントしてあげてほしい。

もう何年かすれば、君たちは社会に出ていくことになるだろう。今よりその時の方がきっと辛い。その10年後はもっと、さらに10年後はもっともっと。そんな時に自分を支えてくれるのは、同じ風に辛い思いを抱えながら一緒に年を取る仲間たちだ。

お互いに、人に支えてもらえるような、人を支えられるような、そんな人に育っていけたらいいなと思う。君たちにはどんな風に枝葉を伸ばしていくのだろう。楽しみにしています。1年間ありがとうございました。

変わるもの/変わらないもの

あれからもう10年以上経ちます。2008年3月に私は一旦宮城県の教員を退職し、大韓民国政府招聘大学院留学生として韓国に渡りますが、結局のところあんまり変わってないなと思いました。

月日の流れとともに変わっていく物があります。どんなに月日が流れても、変わらないものがあります。何かのきっかけで変えられることもあれば、どんなことが起きても変えられないこともあります。

もしかしたら私が興味があるのは、「変わらないこと」と「変えられないこと」なのかも、と煤払いをしながらふと思いました。人からどう見られたいとか、自分がどうありたいとか、そういうの一回抜きにして、自分と向き合ったら、必ず見えてくると思うんです。自分自身の純粋が。見つけられるのを今か、今かと待っている。

吉田真理さんはそれを私たち一人ひとりに装備されている「命のアンテナ」が受信する電波って呼んでいます。そして私は、その電話を受信した時の感覚を、「知の目覚め」と呼んでいます。

ただし、その電波は周りや自らが発する音で聞こえづらいかもしれない。電波が強すぎて音が割れているかもしれない。そもそも弱々しいかもしれませんよね。そんな時には静寂に身を置くのもいいかもしれません。喧騒を離れるのって勇気がいりますがね。

あとは、誰かに話を聞いてもらうことですよね。私のその最中に受信することが多くて、このブログに頻繁に登場する、現在は志津川高校に勤める阿部富子先生が私の話を聞いてくれました。

中休み

学校の先生がいいなと思うのは、長期間にわたって、爆発的に成長する過程の人間たちと付き合えるところだと思います。年単位で生徒を見ることができるので、その子の何が変わって、何を変えられたのかかが見えてきます。

でも、私は生徒ひとりひとりの何が変わらなくて、何を変えられないのかを丁寧にフィードバックするセンセイでありたいです。私は私と生きていく。私たちの今生で一番長く付き合うのは、誰でもない私たち自身ですからね。一番の理解者であってほしいって思うんです。

今日のお別れの曲は、ミュ-ジカル「ラ・カージュ・オ・フォール」より、『I Am What I Am』です。いろんな人が歌っていますが、グロリア・ゲイナーが歌ったのが私は好きです。

スポンサーリンク




フォローする