インドネシア日本語アシスタント通信

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高校時代インドネシアに留学した古井愛さんの待望の新作です。

予防注射との闘い」というエントリーで少しだけ触れましたが、いよいよインドネシア東ジャワに位置するラモンガンでの「日本語アシスタント生活」が始まりました。現地の高校で、日本語の先生と日本語の授業をサポートしています。

私は先生ではありません。日本ではまだ大学生ですし、日本語の専門家でもありません。ただ、22年間日本で生まれ育っただけの者です(途中インドネシア生活挟みます)。ですので、私はここラモンガンでkak Nozomi(年上の人を呼ぶ時につける=のぞみ姉さん、のぞみ先輩的なイメージ)なのです。

ああ、インドネシア

私にとってインドネシアはとても縁がある国です。
初めてできた外国人の友達がインドネシア人。
初めて行った外国もインドネシア。
留学したのもインドネシア。
今いるここもインドネシア。

そんな私は早速、先月から派遣先2校での授業がスタートしました。各学校の校門には、大きな大きな私の顔付き横断幕で、お出迎えをしていただきました(ちょっと待て!どこからその写真を引っ張って来た!!というツッコミは置いておいて)。

横断幕に書かれた、「ここでは安全で快適で魅力的なのでラモンガンへようこそ」というちょっとおかしな日本語を見てもやけてしまった私ですが、一所懸命私のために作ってくださったのが伝わります。

授業に入ると、とにかく生徒の出入りが多い(行事の準備や練習、お祈りなど)。制服の生徒もいれば、体育着の生徒もいて。裸足の生徒もいる。自由すぎる教室。ああ、インドネシアに戻ってきたなって一瞬で感じました。

嫌いじゃない

このガヤガヤ嫌いじゃない!ほとんど口に出していたと思います。素直に好きって言えばいいものの、嫌いじゃないなんて遠回しな言い方をするあたりが、ネクラな私らしいっちゃらしいかもしれません。

さて、先日、生徒と話していた時に自分の成長を感じた瞬間がありました。

高校在学中にインドネシアに留学にした時、よく聞かれたことは「彼氏がいますか?」でした。今回は、「夫がいますか?」「結婚していますか?」「独身ですか?」ってよく聞かれます。

はい、私完全にレベルアップしました。中身はともかく、見た目も確実に年を重ね、順調に大人の階段(?)を登れているようで、安心です。

派遣する前に、私たちプログラム参加者は各地域に「いるだけで意味がある」と言われました。どこか違和感がありましたが、それもあながち間違いではないと思います。例え、私一人だけだったとしても、その地域に日本人がいることで、私を通して日本に興味を持ち、そして誰かの将来を変えるようなことが起こるかもしれません。私にもそんな経験があります。

誰もが誰かのきっかけになれる

私がインドネシアに興味を持ったのも、留学をしたのも1人のインドネシア人の友達がきっかけでした。彼女は、9月から1年間、四国の大学へ留学をします。お互いの国が大好きで、お互いの国でこうして成長できることを嬉しく思います。

「きっと誰もが、誰かの何かのきっかけになる」ことができると私は思います。だから、ここラモンガンの人々が私を知って、日本に関心を持ってくれたらとても嬉しいです。特に、こうして縁があって出会った生徒たちが私を通して、何かを感じ、考えるきっかけになったらと思います。

授業の取り組みとして、これから歌を歌うことにしました。インドネシアの生徒は歌や踊りが大好きです。これから毎日一緒にたくさん歌っていこうと思います。今月の歌は、アンジェラ・アキさんの「手紙」です。

歌詞カード(日本語、ローマ字、インドネシア語の意味付き)やコメントカードを作成し、積極的に生徒たちとコミュニケーションを取っています。コメントや質問を通して、生徒から投げかけられる素朴な疑問に私も考えさせられる日々です。

最後に

「どうして日本人は歩くのが早いんですか?」「どうして時間を守る必要がありますか?」「なぜ、日本人は時間を守りますか?」「侍と忍者は何が違いますか?」

遅刻をよしとしない日本と、遅刻の理由は「渋滞」で問題が無いインドネシア。他者を通して、自分の習慣や文化の再認識、新発見をすること。相手の全てを受け入れられなくても、それが絶対に正しいと思わなくても何か違和感があって考えたり、またお互いに話をしてみたり、歩み寄ってみることも、時には遠ざかることもあると思います。

クマユウはよく言っていました。「どうせチームを組むなら、自分と一番違うって思う人たちと組め」って。イノベーションはそうした環境から生まれるって。今、確かになぁって感じています。異なること、異なる人を通して、私は異なっていない私自身を発見します。そう、それがアイデンティティなんですよね。

なので、私はここでの8ヶ月間「異文化」を発信しまくりたいと思います。

先日、果物屋さんにて、「お姉さん、これいくら?」と現地の人に聞かれてしまいました……。郷に入って郷に従いすぎた結果でしょうか。ここインドネシアの地で、1人の日本人として与えられた限りある時間を大切に過ごしていきたいと思います。今、ここでしか、できないことって絶対あるから。

「きっと誰もが、誰かの何かのきっかけになる」

また、私が凹んでいる頃にお会いしましょう。それまで皆さん、どうかお元気で。

Matur suwun. Sampai jumpa lagi.

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