チノメザメ Knowledge Awakening

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みなさん、こんにちは。熊谷優一です。筑波大学附属坂戸高等学校で国際バカロレア・ディプロマ・プログラム・コーディネーターをしています。

前回の浅見昌弘くんのエントリーは、彼のアツイ思いが溢れていましたね。
やる気にスイッチがあることを、私は疑問視しているのですが、気付き(awareness)というか、何かに刺激されて、自分の中に元々あるものが目覚める(wakening)ということはあるんだと思います。その瞬間、とてつもなく爽快だったっていう経験、みなさんにもありませんか?

「TOK(Theory of Knowledge:知の理論)」にちなんで、それを「Knowledge Awakening:知の目覚め」と呼んではどうでしょう。それは「Spring has come:春が来た」みたいな感じだと思うんですよね。そして性の目覚めと同様に、時期は異なるにせよ、それは全員に訪れるんです。

唐突ですが、今回はふざけてもいいですか?
これまでちょっと真面目すぎたなと。ここで一度、箸休めといきましょう。これから国際バカロレア(IB)についてはどんどん小難しくなっていきますしね。

私のばあさんの話です。

Hilarious Service

ばあさんの葬式のことは、鮮烈に覚えています。
私はばあさんに育てられたので、当日号泣するのではないかとびくびくしていました。でも、生前のばあさんのあまりの強烈なエピソードの数々に、弔辞を読みながら、私はこともあろうに吹き出してしまったのです。

そこからは、葬式という雰囲気ではありませんでした。最終的に会場は大爆笑に包まれたのは致し方ないというものでしょう。私だけでなく、参列者全員がそれぞれ持つ、ばあさんの強烈なエピソードにこらえることができなかったのだと思います。

First Love

ばあさんは昭和6年の生まれです。
9人兄弟の長女として生まれた彼女は、妹・弟の子守のため、学校の隣に住んでいたにもかかわらず、小学校に通うことが叶いませんでした。だから、文字を書くことがうまくできず、公共の場に出るのを悉く拒む人でした。「学がないことは恥ずかしい。」と、ことある毎に口にしていたのを覚えています。

でもあるとき、お支度をしながら、ばあさんが島崎藤村の初恋を諳んじていたのを聞きました。私は胸が詰まる思いでした。後で調べてみましたが、その暗誦は完璧。妹をおんぶしながら、小学校の窓の外で授業を聞いていて覚えたんだそうです。

ばあさんは勉強したかったんだ。したくてもできなかったんだ。だから恥ずかしいと思っていたんだ。

Whipper Snapper

ハチャメチャなばあさんでしたが、今思うとTOKマインドを持った人だったなと思うことがあります。
クリエイティブな発想をする人でしたし、常識の分別臭いことをいう人をばあさんは、これでもかというくらい馬鹿にしていました。私が知識を振りかざして対抗しようとしても、コテンパンにやつけられます。最後にはだいたい、「この、鼻たれガキが!」と一蹴されて終わりでしたしね。

私は友人たちから、クマガイのくせに「マ」が抜けていると言われるほど、ケアレスミスの多い人生を送っています。そんな私は、ばあさんに「この13月!」と罵しられたものでした。

Living in the 13th month

ばあさんは人を罵り、不快にさせることに関してはノーベル賞並みに優れた才能を持っている人でした。
私も相当罵られてきましたが、この「13月」を用いたフレーズは理解することができませんでした。

もうあの世に行ってしまったので、その真意を知ることはできませんが、カレンダーに13月はありませんから、カレンダーにない時間を生きているということで、私の間抜け具合を罵っていたものと解釈していました。

しかし、あるとき気付いたのです。彼女は旧暦で生きていたことを。
つまり「13月」って、閏月のことですよね。そこに、ばあさんの優しさと愛情を感じました。「ああ、カレンダー上にあるにはあったんだな、13月!」って。

何年かに一回帳尻を合わせるために設けられる、ちょっとした「味噌っかす」扱いされる13月。私の間抜けを「無くはないわな。」という視点!

しかし、そのセンス!これはまた「やられた!」と思いましたね。
ばあさんの日々の行動を見ていると、神道に基づいているものがたくさんありました。彼女の言動はその知識体系を反映したものだったのです。

Indigenous Knowledge System

TOKでは大きく分けて2つのことを学びます。
1つは「知の領域(Areas of Knowledge」、もう1つは「知るための方法(Ways of Knowing)」です。それぞれ、細かく項目が分かれています。
今回の、ばあさんの閏月のエピソードとしては、前者を「宗教」とか「土着の知識体系(Indigenous Knowledge System)」という項目で、説明することができます。そしてそれをどのように知り、どのように活かしたのかを分析するのが後者です。この場合「言語」でしょうかね、「信仰」も考えられますね。

ただうちのばあさんの罵りは、あくまでおふざけで、TOKっぽく取り上げたにすぎません。IBで学習するTOKは、より抽象的で哲学寄りです。本ブログが公式オープンしてから、がっつり取り上げますね。

ただTOKって、大人が学んでも面白いと思いますよ。
日本人が受け継いできた知識の領域を、どういう方法で受け継いできたのか考察してみると、日本の文化を、より深く理解できるのではないかと思います。

Lastly

ちょっと内容がふざけた感じになるなと思って、小タイトルは英語にして誤魔化したの気付いていただけました?

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