インドネシアから愛を叫ぶ

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みなさま、ご無沙汰しております。古井愛です。クマユウの筑坂時代の1年間だけの教え子であります。現在も、マンギス(マンゴスチン)やドリアンのシーズン真っ只中のインドネシアで生活をしています。

東ジャワ州のラモンガンという田舎で、日本語アシスタントと活動して早7ヶ月が経とうとしています。ですが、この活動も残すところ1ヶ月となりました。

今回は、インドネシアで感じた「愛」についてご紹介したいと思います。私、愛と書いて「のぞみ」という名前なので、それもあって今回は「インドネシアの愛」をテーマにしたいと思います。

いちゃいちゃして鞭打ち

インドネシアは、知っている方が多いと思いますが、国民の約8~9割がイスラム教徒の国です。「イスラム教って、厳しいルールがあって自由に恋愛もできないんじゃないの?」と思う方もいらっしゃるかと思いますが、今回は恋愛の愛ではない「愛」のお話をします。

恋愛に関しては、私が思うに自由に恋愛している人もいれば、結婚する相手でないとお付き合いをしないと考えている人、遊び感覚で恋愛をする人など、インドネシアの人々の間でも考え方は多様です。ただ、地域によっては、イスラム法が法律として定められており、シャリーアという厳格な法が定められているところもあります。先月、公共の場で、ハグをした18歳カップルが、鞭打ちの刑になったニュースがありました。

この話をクマユウにしたら、「いくら法律で定められても、つい盛り上がっちゃって手を繋いだりしちゃうよね。公共の場でチューしないまでも……」と気の毒そうに語っていました。

インドネシアの愛の文化

私が、素敵だと思うインドネシアの愛の文化。それは、名前を呼ぶときや、会話の中に出てくる「ある」言葉なんです。それは、「Sayang」サヤンと読みます。意味は、名詞の場合:愛している人、大切な人、動詞の場合:愛してる、(とっても)好きとなります。

この「Sayang」という単語、耳をすまして聞いていると電話中のお父さんから、授業をしている先生から、イチャイチャしている恋人たちから……様々なところから聞こえてきます。日本語で言う、「な〜に?」や「〜でしょう!」というニュアンスの時にも使えます。

例えば、「Ada apa sayang?(どうした〜?)」、「Ini loh saying!!(これだよ!もう!おっちょこちょいだな!)」と、ちょっと怒っているようなシチュエーションでも用いられます。親から「Tunggu sebentar ya sayang(もうちょっと待っていてね)」と親から電話を受ける子ども、先生から「Ayo maju ke depan sayang(前に出てきなさい)」と呼ばれる生徒、友達から「Terima kasih sayang(ありがとう)」と言われるなど、インドネシアは、たくさんの愛で溢れていると思いませんか?

愛に愛を語る人々

私も実際に、日本語アシスタントの活動中に何度も言われました。

「Selamat pagi sayang, tambah cantik ya!(おはよう、のぞみ。綺麗になったね)」

実際は、太ってお饅頭みたいになっていてもそう言ってくれるんです。だからインドネシア大好き!

これ、決して大げさではなくて、毎回何かしら褒めてくれるんです。着ている「Batik(インドネシアのろうけつ染めの伝統服)とっても素敵だね。」などなど……。

「それって、社交辞令でしょ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、社交辞令だっていいんです。最初は違和感がありましたが、今では、素直にありがとうと言えるようになりました。

人の変化や良さに気づくことができるって、とっても素敵なことではないでしょか?

最後に

私が初めてインドネシア語を学んだ時に感動したお話を付け加えて、お別れです。

インドネシア語で、ありがとうは「Terima kasih」と言います。

Terimaは、受け取る
Kasihは、愛

愛を受けとったよ
ありがとう、となるのです。

これを読んで、インドネシアやインドネシア語の魅力を知っていただけたら嬉しいです。インドネシアレストランに行ってみたり、スーパーでインドネシア産の商品を探してみるなど、ぜひインドネシアに触れてみてください。意外と私たち日本人の生活の中に「インドネシア」が溢れていますよ。

今回も、お付き合いくださいましてありがとうございました。
皆さんの愛を受け取りました!Terima kasih.

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