街角TOK:時を超えてあの日の感情を認知する

街角は様々な問いで溢れています。本屋さんに並ぶ書籍、アーケード内で聞こえてくる音楽、やがて暗黙の秩序が生じる無秩序な人の流れ、商店街で交わされる一見無意味な会話。普段はなんとも思わないことがふと気になりだしたら、それが私たちの「知」が目覚める合図です。

みなさん、こんにちは。熊谷優一です。私は現在、IBコーディネーターをしている学校で「知の理論」という科目を担当しています。今回は、この前の授業中、ある生徒のプレゼンを聞いていて、不覚にも号泣してしまった件について書きたいと思います(正直リリースするかどうか迷ったのですが、みなさんが指導と学習と感情について考えるきっかけになれなればいいなと思っています)。

一瞬で蘇る記憶

現在、知の理論の授業では「芸術の様々な形態における知識の生成過程とその最終結果」についてプレゼンテーションを行い、議論しています。落語などの日本の伝統芸能というジャンルでは、演者が名前を襲名することがそのジャンルにおける知識の最終結果と言えるのではないかという考察も行われ、なかなか聞いていて面白い議論が続いています。

さて、私が不覚にも涙することになった生徒のプレゼンは最終結果を感動と持って行きたかったんだと思いますが、「スポーツ選手のメッセージとその影響力」という内容にすり替わっており、テーマからかなり外れた着地をすることが予想されました。「やれやれ、これはどうしたもんか」とプレゼン後のフィードバックについて考えながら聞いていると、不意に彼は東日本大震災発生時に、ヨーロッパで活躍するサッカー選手が日本に向けたメッセージをユニフォームに書いた映像を流したんですね。

それはまさに震災当時、私が誰の安否も確認できないまま、韓国で見ていた動画でした。画面の右下にはまだ日本列島の太平洋側の海岸沿いが黄色く縁取られ、津波注意報が点滅していました。その動画を見ていたら、あの時のことが一瞬で蘇り、気がついたら涙が溢れ出て、私はそれを止めることができなくなりました。私の感情は明らかにあの時にいましたが、その感情は現在の私によって認知されているのを感じました。あの時は認知しきれなかった感情でした。

感情の表出が意味すること

彼のプレゼンが終わったあと、ちょっとだけ何も話せない時間がありましたが、何とか持ち直して、「プレゼンはテーマに沿っていない」とダメ出ししました。

東日本大震災からまもなく10年が経ちますが、こんなふうになるのは初めてのことだったので、私自身も驚き、その感情は授業が終わってからもしばらく引きずりました。しかし、考えてみると、当時の感情がこのように表出するくらいの距離が今できたのかもしれません。

あの当時はそれどころではありませんしたし、それ以降もなんとかしないとみんな必死でしたから。10年経って、少し余裕が出てきて、向き合えるようになったのかなと勝手に納得しています。

ちょっと脇道にそれますが、これだけは言わせてください。過去と向き合うといっても、まだその準備ができていない人だってたくさんいます。無理して振り返る必要はありませんし、あえて話題にする必要もありません。その時は自然と私たちを訪うものだと私は思います。もう一度言います。無理して振り返る必要はありません。取り上げたり、話題にしたりする時は、大人も子どもも、心の準備ができているか十分に見極めてほしいと思います。

鬼の泪

生徒たちを驚かせることになりましたが、議論のための議論になってしまいかねない「知の理論」という科目の授業で、人にまつわるすべてのことには、感情が関わっているということを実感してもらえたんじゃないかなと思っています。

一方で、私の生徒たちを驚かせてしまったことをとても申し訳なく思います。普段厳しいと思われていますからね。そんな人が泣いたら、何事かと動揺してしまうじゃないですか。

だから生徒たちには動揺を与えてしまったことへの謝罪と、鬼のように見える人間にもこういう一面があるんだなと思って許してほしいとメッセージをその日の夜に送りました。今回の出来事は再び私の足場を確かなものにしてくれました。そのきっかけを与えてくれた生徒たちには心から感謝しています。

最後に

私たちに流れる時間。私たちに流れていない時間。
私たちが生きている時間。私たちが生きていない時間。

私たちの時間はどのように始まって、どこかに向かっているのでしょうか。
時間の流れに私たちが現れて、その流れにのっているのでしょうか。

ある日の夕暮れに、いつかの夕暮れをみることはありませんか。
誰かの横顔に遠くのあの人の面影を見ることはありませんか。

私は時々、混乱するのです。私は今、いつにいるのだろうかと。