ともとあっつ

スポンサーリンク




みなさん、こんにちは。熊谷優一です。この4月から大阪市立水都国際中学校高等学校という国際バカロレア・ディプロマプログラム(IBDP)を実施する公立校の開設準備をしています。

3月までは、筑波大学附属坂戸高等学校でIBDPコーディネーターをしていました。4年という短い期間ではありましたが、筑坂での日々は指導者として様々な気づきをもたらしてくれました。心から感謝しています。

これは当ブログのヘッダーの元になった画像です。IBの学習者像を挟んで2人の男子が映っていますよね。大平敦尊くん(おおだいらあつたか、写真左)と大平共紘くん(おおだいらともひろ、写真右)という双子の兄弟です。彼ら2人からも私はたくさんのことを教えてもらいました。今日はその話をしたいと思います。

とものこと

ともは楽天的です。最大の讃辞として言いますが、いい加減です。そんな彼から、私は英語の指導者としてハッとさせられたことがあります。そのもやもやはまだ私の中でくすぶっています。何とかしたい、そんな気持ちなんですが、その解決策を未だ見いだせていません。

彼はペーパーテストで点数を取れるタイプの生徒ではありませんでした。が、彼、本当に物怖じせず、上手に英語を話すんです。

熊谷が大阪YMCA国際専門学校高等課程表現・コミュニケーション学科の卒業記念公演を観劇しました。

以前、上記のエントリーで「Imaginary Skit」というアクティビティを紹介しましたが、最後にクラス全体で各グループの代表による発表をやるんですね。そこで司会を引き受けるのが、いつも彼でした。

「とも、やるか?」って行くと、「はーい、やります!」って安請け合いして、そして何にも見ずに、時おり発表者をいじったり、オーディエンスにコメントを求めたりしながら、いとも簡単に英語でMCをこなすんです。度胸があるというか、人前でパフォーマンスすることを彼は何とも思っていないんです。

私は彼を見て、彼の英語力を正しく評価できていないのではないかと疑問を持つようになります。評価をするときに、我々教員はペーパーテストを学習者に課します。もちろん、スピーキングなどの実技を行いますが、ペーパーと実技では断然ペーパーの比重が大きいですよね。その評価システムでは彼が持つ語学力を計れていないんではないかと……。

そのせいで自分は英語ができないって思っていたしたら、どうしよう……。でも私一人がその評価方法を変えたところで、他の先生に教わった場合や他の学校の評価方法を考えると、しょせん一教員だけの客観性がない評価ということになります。そのジレンマ、いまだに解消されていません。でも、ともと出会わなければ気づくことはありませんでした。彼が私に与えてくれた課題です。

あっつのこと

あっつは吃音というか、どもることが時々ありました。でも、すぐ収まるし、普段は何ともないので、本人もそれほど気にしていませんでしたが、ある時その症状が頻繁に表れるようになりました。本人が一番驚いたと思います。

私も心配だったので、一度二人で話をすることにしました。あれは2年生の秋口だったと思います。同様の症状はいつ出始めたか、どんな場面で出てきたか、その時どんな気持ちだったか、等々聞いているうちにいくつかの共通点があることに彼自身が気が付いたようです。

自分の考えを表明し、誰かによって評価されるような場面でその症状が出るようでした。筑坂はアウトプットする機会が多いうえ、たまたまプレゼンテーションや集団ヒアリングなどを口頭で発表することが重なった時期に頻発したのでした。

彼は私と話すときは随分リラックスして話すのですが、その時ばかりは何度かどもることがありました。そのたびに、「おい、チョコレート食わないか?」とか、「コーヒーでも飲むか?」とか、直面している話題からそらすと、そのたびに表情も和らぎ、何もなかったかのように話し始めます。

要は、緊張だったんじゃないかって思います。自分が人にどう思われるか、そしてその反応で自分自身に失望することが怖いというか。でも、この日を境に、なんだかすっきりしたのか、こういう症状はほとんど出なくなりました。出そうなときがわかるようになってコントロールできるようになったのかもしれません。

とももあっつも3年生の時は英語の授業を選択していなかったんですが、毎年2月に行われる公開授業には最後にもう一回先生と授業したいとか言って、私のクラスに飛び入り参加したんですよ。で、ともはサクサク司会し出すし、あっつはあっつで言い淀みなく英語話したりして。あれは何だったんだ!って。心配かけおってからに!でも、本当によかったって思いました。

現在彼は「チノメザメ」というサメのマスコットをデザインしてくれています。もう4月中に完成させると言ってたことは忘れてしまったのでしょうか?彼は本当はのんびりしているんですよ。

センセイとして

彼らと3年間過ごしているうちに、私は必ず毎回、授業の最初にこんなことを言うことになりました。

「I promise that your personality will not be evaluated in my class. I would rather hear your different voices. I promise that your idea will not be denied in my class. Let me share your diverse points of views with all. Now let’s get started!」

授業の中でその学習者の人格を評価しない。そして発言を否定しない。それを私は学習者と約束してから授業を始めるようになりました。アクティブラーニングだ、批判的思考力だ、協働学習だなんだといっても、学習者が安心して授業に参加できることが担保されなければ、彼らの多くは自分の意見を表明することを躊躇してしまうのではないでしょうか。

今年2月の公開授業の時に、立教大の松本先生から「学習者と指導者の関係が構築されているからこの授業が成立する」といったようなフィードバックをいただきました。そういった意味では何を学ぶか、どう学ぶかと同様に誰と学ぶかという点も学習の大きな要素なんだと思います。

最後に

次回は私が教育実習で教えた生徒が書いてくれます。彼もなかなか悩み多い青年ですが、自分と向き合って、自分なりの答えを出す勇気をもって一生懸命やっています。ぜひ、彼の声に耳を傾けてほしいです。

自分らしくあることを恐れないでいてほしい。自分らしさを発見して、長い長い人生をどう生きていくかを学ぶのがガッコウだと思うので、センセイとしてそれを励まし続けたいって思います。何かができなかったり、間違えたりする姿を見て、「あいつはダメだ」だなんて言う権利は誰にもありません。

そしてみなさんの話を聞かせてください。悩んでいるのはあなた一人でだけではありません。みんなそれぞれに抱える悩みがあるってことを知っているだけで、何だか励まされませんか? 「力づける・勇気づける・関わり続ける」ヒトで私はありたいなと思っています。

スポンサーリンク




フォローする