街角TOK:πを想像せよ!

みなさん、こんにちは。熊谷優一です。

街角は様々な問いで溢れています。思い当たることはありませんか?本屋さんに並ぶ書籍、アーケード内で聞こえてくる音楽、やがて暗黙の秩序が生じる無秩序な人の流れ、商店街で交わされる一見無意味な会話。普段はなんとも思わないことに、ふと気がついてしまう時が。

この「街角TOK」のシリーズでは、そんな些細な疑問を取り上げていいます。

ナレッジキャラバン in 東京 0831

私の前任校である筑波大学附属坂戸高校は日本で初めての総合学科だけあって、農業と国語がコラボレーションした授業が学校設定科目として選択できたり、普段の何気ない会話や学校行事を機会に教科をまたいで授業が行われたりと教科横断的取組みが活発な学校でした。

当ブログ(チノメザメ)に登場する筑坂の卒業生たちからはその発想の柔軟さと獲得した知識を他の場面でも応用して課題を解決しようとするマインドを持っていることが見て取れますが、そういったことが自然と育まれるのが筑坂の持ち味であり、総合学科の仕組みだと感じています。

そんな筑坂の元同僚である藤原亮治先生(保健体育)と8月31日に第1回ESIBLA教育フォーラム-英語4技能の授業実践で久しぶりに保健と英語でコラボレーションした「aging」をテーマにした授業をワークショップ形式で再現しました。

彼は、Japan Timesのインタビューを受けたときにも言いましたが、日本の教育の真髄である保健体育という教科をグローバル社会に発信する力をもった教育者だと思っています。

日本の教育が世界の教育を発展させる

日本の教育については色々課題が多いのも事実ですが、一方で当ブログの推薦者でもあり、筑波大学客員教授であるキャロル・犬飼・ディクソン先生は、日本がこれまで行ってきた教育実践を高く評価しています。

以前、藤原先生が教える体育の授業を、彼女と参観した時のことです。

生徒たちは男女各3グループに分かれて、トランポリン、マット運動、跳び箱をしていました。1人がトランポリンを練習している間、他の生徒たちは「中央からそれている!」など助言をしながら、バランスを崩して転倒するときに備え、両手を差し出して待機しています。跳び箱やマット運動でも、ケガをしないように交代で生徒同士が介添えをしていました。

すると、ある生徒がなかなか跳び箱を跳べないでいます。周りの生徒は「次はお尻を高く上げるイメージで!」など次々、彼に助言しました。彼は試行錯誤の後、跳び箱を跳ぶことができました。彼は喜びを顕わにし、祝福を受けながら、今度は他にも跳べずにいる級友たちに助言をするようになりました。

私たちからすると、ごく普通の体育の授業風景ですよね。しかし、そこに日本独自のたくさんの学びがあることをキャロル先生は指摘し、「IBが日本の教育を発展させる可能性と共に、日本のIBが世界の学びを発展させる可能性がある。あなたたちはそれを叙述しなさい」と私の両肩をがっしり掴んで彼女は藤原先生を眼差しました。

πを想像せよ!

8月31日にワークショップに参加されたみなさんは目の当たりにしたと思いますが、私は数学的センスがまったくもって欠如しています。それに対して藤原先生は非常に数的思考に強い。そして彼は一緒に働いていた当時、国際バカロレア(IB:International Baccalaureate)、ディプロマプログラム(DP:Diploma Programme)の「知の理論(TOK:Theory of Knowledge)」という科目をそれは熱心に勉強していました。

「知の理論」を学んでいると数学が前に立ちはだかるんですよね。私は最も避けて通りたいところ。でも、目を逸らすわけにもいかず、藤原先生と対峙しては、臍を噛むわけです。そんな彼と仕事帰りに、飲みに行ったりすると(あぁ、よく飲みに行ったものです!)、だんだん小難しい話になっていくのがおきまりでした。私は深夜ラジオのノリでお酒を嗜みたいタイプですが、彼はそれを許しません。ある時、「ああ、もう嫌だ」と思ってこんなことを言いました。

「だいたい、円の面積を求めるにπが使われるけど、そもそもπってまだ確定していないのに、なんで面積を正確に求めることができるというんだい。円の面積にはどっか隙間があるってことじゃないか!」

ええ、わかっています。ただの言いがかりです。だってそうでもしないと数学と数学をよく知る人に完全に負かされますからね。でも、その時、彼は「πって数があるって想像してみたらいいじゃん」って言いました。そして、「小説を読める人が、想像上の何かを受け入れられないのは論理的におかしい」と付け加えました。

最後に

「πを想像せよ!」

この言葉は非常にインパクトがありましたね。確かに小説という虚構の世界の話を読んで感情移入するくせに、πや虚数のような数学の世界の現実には存在しない想像上の数を理解しようとしない態度には問題があるのは理解できました。悔しいけれど、藤原先生のおかげです。

でもですよ!ということは、実際の世界ではない架空を描く小説なんか読めないと語る彼にも、πや虚数があるって思えるんだから、小説が描く想像上の世界を理解しようとしない態度には問題があるってことですよね!今度会ったら、言ってやろう。

あれ、本当は8月31日にコラボした保健体育と英語の授業について書こうと思ったのですが、全く話題がそれてしまいました。それでは、また3日後に!