匠の技と個人的な知識

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みなさん、こんにちは。熊谷優一です。筑波大学附属坂戸高等学校で国際バカロレア・ディプロマ・プログラム・コーディネーターをしています。

前回の私のエントリーのテーマは、「個人的な知識(Personal Knowledge)」と「共有された知識(Shared Knowledge)」について、具体例をあげて説明することでした。しかし、記事の校閲を担当している航君のOKが出ず、以下のエントリーで書かれた通りボツになりました。

松岡航がひとつの記事を完成させるまで、どのような行程を踏んでいるのか紹介しています。

今回は例を改めて、再挑戦します。

個人的な知識と共有された知識

TOK(Theory of Knowledge:知の理論)では、「知っている」ということ、つまり知識にはどのような性質があるかを分析します。ある知識が「私が知っていること(個人的な知識)」なのか、「私たちみんなが知っていること(共有された知識)」なのかについて目を向けます。

バイオリン職人の知識

先日私の幼馴染で、バイオリン職人をしている友人の工房を訪ねました。お互い顔を合わせるのは、実に20年ぶりでした。一緒にバドミントンをしていた彼とバイオリン職人というイメージがどうも一致しないまま、私は彼の工房に足を踏み入れました。

薄暗い工房は乾いた木の匂いがしました。作りかけのバイオリンの子供が棚の中で少しずつかたち創られていくことを待っています。きれいに陳列された道具は黒光りしており、それを友人は一つ一つ、誰が作ったもので、どれほど価値があるのか熱く語ります。私は彼がこんなにも饒舌に畏敬に値するという、もう廃業されてしまわれた鍛冶屋さんの仕事を語るのに驚きつつ、思い切って聞いてみました。

「バイオリン職人として必要な知識と技術は、どうやって身に着けたの?」

すると彼は「基本的なことは、目の前で実演を交えて教えて頂いた。」と理った上で、次のように語りました。

「工程については、手取り足取り教わった訳ではなく、『こんな形に彫ればいい』と見本を見せられた後、どんな道具を使って、どのように彫ればいいのか、自分なりに試行錯誤を重ねて最良だと思うやり方を見つけたんだよ。」

答えがひとつとは限らない課題に対し、自ら考え、答えを出していく。その過程はTOKの学びに通じるものがありますね。

個人的知識と共有された知識

「個人的な知識」は特定の個人という経験や個性に依存します。それに対して「共有された知識」は共通の過程を経て、多くの人に関わりを持ち、受け入れられています。

同じことをやるにしても、そのアプローチ、方法も異なるバイオリン職人の仕事。私の友人がバイオリンを作る方法は、彼自身によって確立された「個人的な知識」です。他の職人に言葉で教え、同じ方法を獲得させることは困難です。

私たちが何かを知っているという時に、どのような方法でそれを知ったのかを考えてみると、「個人的な知識」と「共有された知識」との異なりに気が付くことができるでしょう。

この「個人的な知識」と「共有された知識」は、例えば、伝統について考えるときに有効な考え方だと思います。時代の流れとともに、数多くの伝統文化が消えていきました。でも未だに残っている伝統文化も確かに存在します。

では、消えなかった伝統文化と、消えた伝統文化にはどのような特徴があったでしょうか。こういった実際的な課題は、国際バカロレア(IB)を学ぶ生徒だけではなく、普通の教室で展開できるディスカッションだと思います。

最後に

「個人的な知識」と「共有された知識」のそれぞれの性質に照らし合わせて考えたとき、我々が意図して知識を次世代に繋ぎ、残していくためにはどのような方法をとればいいのか、TOKのアプローチはヒントを与えてくれます。

さて、今日は宿題を。皆さんの身近なところで「個人的な知識」と思われることを3つ、考えてみてください。そしてそのことについて、皆さんの気の置けない身近な人と話してみてください。その人のイメージとは思いもよらない知識の領域に驚かれるかもしれませんね。

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