犬は吠えるがキャラバンは進む vol.3-3

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みなさん、こんにちは。熊谷優一です。

今日は、前回に引き続き、English Caravanでディスカッションした「ある幼稚園生が画用紙にクレヨンで真っ黒なリンゴを描いた。その園児がなぜ黒いリンゴを描いたのか」というテーマに対する参加した生徒の分析をご覧ください。

早速いきましょう!

塩田匠の場合

まず前提として、本来赤であるはずのリンゴをわざわざ黒で塗っており、黒=悪いというイメージがあるということから、今回は彼がリンゴ又は黒に対して悪いイメージを持っていると仮定し、分析を進めます。

リンゴが嫌いだとする場合、①食べ物として嫌い ②関連する何かしらの出来事がある などが挙げられます。①からは例えば、アレルギーを持っていたり、味が嫌いだったりといった背景が見えます。②からは例えば、小さい頃に無理やり食べさせられたり(これが原因で私は練り製品が食べられません)、お使いで買ってきたリンゴをドブの中に落としたりといった、ネガティブな背景が見えます。

赤が嫌いだとする場合、①感覚的に嫌い ②赤に関連した嫌なイメージもしくはトラウマがある などが挙げられます。①からは、単純に赤よりも黒が好きだった、といった背景が見えます。②からは例えば、この男の子は血に関するトラウマを持っていて、赤を血と関連付けてしまったり、嫌いな赤い食べ物があったり、といった背景が見えます。

これらを踏まえて考えると、彼がリンゴを書いた際には、①なんとなく赤が嫌いだからor嫌なトラウマや経験を思い出すから使いたくない ②リンゴが嫌いor嫌なイメージがあるから黒で塗りたくってやりたい といった感情が芽生えていたと考えられます。そして、彼の思考プロセスとしては、連想に連想を重ねていくタイプだと考察できます

酒井優輔の場合

僕はこの幼稚園生が黒いリンゴを描いた理由を様々な視点から推測しました。しかし元をたどればすべての推測は彼の「記憶」に左右されるということを発見したため、これに基づいて僕の考えを説明したいと思います。

まず、僕はこの幼稚園生がリンゴを嫌いなのではないかと推測しました。嫌いなものに対しては明るい色を使うことなく、暗い色を使用します。特に幼稚園くらいの子供であれば素直に絵に反映させるでしょう。次に僕は、彼がリンゴは赤いということを知らなったのではないかと推測しました。漫画でしかリンゴを見たことがなかったため色のあるリンゴを知らなかった、などの理由が考えられます。

推測を挙げればきりがありませんが、僕の推測に共通することは彼の「記憶」ベースの考え方ということです。彼がリンゴを嫌いという過去の体験に基づく「記憶」、漫画から得た知識の「記憶」と整理することができます。また、事実の「記憶」だけでなく彼の誤った認識による「記憶」も影響しているのかもしれません。このことから幼稚園生が黒いリンゴを描いた理由を彼の「記憶」が説明してくれるのではないかと考えました。

稲富爽太の場合

黒いリンゴといわれて私は、白雪姫に出てくる魔女が持っている毒リンゴを思い浮かべました。

しかし、あの毒リンゴは鮮血のような真っ赤なリンゴです。毒リンゴが真っ赤と分かっていても、私は黒という色から毒リンゴを思い浮かべました。それには、魔女が真っ黒な服で体を覆っているということが、大きな要因になっていると考えます。そして魔女はかなり恐ろしく、イメージに残りやすいです。
私は幼稚園児が同じような経験をしたと考えました。前日までに毒リンゴと魔女についてのお話を聞いたり、見たりした経験があり、そこから魔女のイメージである黒という色と毒リンゴを思い浮かべ、黒いリンゴの絵を描いたのだと考えます。また、幼稚園児は創造力がとても高いというイメージを持っています。リンゴが赤でなくてはいけないなんて思っていないことも大きな要因として考えられます。

感想:久しぶりに脳みそをフル回転させました。かなり刺激になりました。英語力ぅ!

まとめ

再び、熊谷優一です。以前「感情が共有されるのかどうか」について議論しましたが、その時より活発だったのは、LINE上ではなく、生身の人間を前にタイムラグなく参加することができからでしょうか?

TOKには「知の領域(Areas of Knowledge)」と「知るための方法(Ways of Knowledge)」が以下のように分類されています。彼らの思考をこの枠で考えてみるのも面白そうですね。彼らはこのリンゴの課題にどのような「知の領域」と「知るための方法」を用いて取り組んだでしょうか。

知識の領域 知るための方法
数学

自然科学

人間科学

芸術

歴史

倫理

宗教的知識の体系

土着の知識の体系

言語

知覚

感情

理性

想像

信仰

直観

記憶

こういうディスカッションをしていると、ついつい、「それはさぁ……」とか言って、大人は口を出したくなるのですが、それは我慢です。大人の役目は、子供たちの視野を広げることと、彼らが言いたいことがより正確に伝わるように支援してすることです。

あまり子供たちの考えたことそのものに焦点を当てるのではく、彼らがどのようにそのことについて考えたのかを見ようとすれば、議論の途中で口をはさみたくなる気持ちを抑えることができると思います。「何を」ではなく「どのように」に焦点を当てることで子供たちは、他のことにも応用できるスキルを養うことができます。

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