犬は吠えるがキャラバンは進む vol.5 平和の盲点

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皆さんこんにちは、熊谷先生の教え子の一人の酒井優輔です。何度かブログ(チノメザメ)に登場させていただいているので自己紹介は省いて、今日は「平和」について仲間たちと議論した内容を皆さんに共有したいと思います。

きっかけは熊谷先生が、新潟県柏崎市にあるドナルド・キーン・センター柏崎の理事をされている吉田眞理さんと「『平和の正体』についてやり取りしたんだが、みんな平和ってどういう状態のことなんだと思う?」っていう、いつものごとく唐突な質問から始まりました。

ブルボン吉田記念財団の理事、吉田眞理さんとの対話の中で、また新たな発見がありました。

そこから、「平和」の実現を目指す塩田君がアウシュビッツ収容所に訪れた報告から熱を帯びていきます。

平和の伝達

塩田君はアウシュビッツを訪れ、その場の生々しい苦しみを感じたと言っていました。写真では伝わらない重苦しい空気は言葉にしがたいもので、やはり直接現場に赴いてみないとわからないことがあると言いたげでした。

そこで以前も議論した「伝わる」という話が絡んできます。歴史の授業やテレビなどで僕たちは過去を知ります。しかしそれは知っているだけに過ぎないのではないかという事です。

技術や情報は伝わり積み重なり、今日において我々の生活は過去とかなり異なるものとなっています。しかし何年、何百年、何千年経とうが争いは消えていないのです。私たちは本当に平和の大切さを伝えることができるのでしょうか?

傲慢ゆえの苦しみ

結論を言うと、僕は平和の大切さを伝えることは不可能であると考えています。そして平和を実現できないことによって人間はいつまでも苦しむことに違いないでしょう。なぜなら人間は傲慢だからです。

いつから我々は特別であると錯覚していたのでしょうか。人間に似たサルも日々争っているのになぜ我々だけが争わないでいられるのでしょうか?僕はそこが不思議でしょうがないのです。

「我々は他の動物と違い「理性」を持ち、言葉を操り、他の動物と違い「賢い」ではないか!」

そんな傲慢さからくる勘違いが苦しみを生みます。動物界から争いがなくならないのと同じように我々も争うことをやめられないのです。そして「我々人類ならばいつか平和を実現できる」という思い込みが自分達自身を傷つけているのです。

じゃあどうしたらいいのさ

上の文章を読んで「じゃあどうしようもないじゃん」と思った方もいるかもしれません。しかし、僕はあくまで人間が傲慢であり続けるという仮定の下で自分の意見を述べたまでです。

もし全人類が今ある「平和の盲点」に気付くことができたなら未来は変わるかもしれません。そのためには塩田君のような存在が必要不可欠であると僕は考えています。

少なくとも今こうして戦争の「せ」の字も知らない者どもだけで議論してもらちがあきません。世界の、本当の意味で皆が、平和について真剣に考えることができるような環境を僕は塩田君に実現してほしいと考えています。

最後に

議論のすべてをお伝え出来たわけではありませんが、僕なりに今回の平和会議(!?)をお伝え出来たと考えています。偉そうに「あんたら人間は傲慢だ」と言っていた僕が、ひょっとしたら一番傲慢なのかもしれません。

でもそのくらい「平和の盲点」は気付きづらいものなのだと僕は考えています。そう遠くない未来に塩田君が平和の答えを見つけられるように僕もまた、無い知恵を振り絞ろうと思います。それでは最後まで読んでいただきありがとうございました。

塩田くんのアウシュビッツレポートは4月中旬にリリースされる予定です。そちらもお楽しみに!

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