犬は吠えるがキャラバンは進む:時は私たちに同じく流れているのか vol.3

生徒・保護者向け -

皆さん、はじめまして。GEG (Google Educator Group) Osaka City リーダーの原田有です。教科担当は理科と情報科、そして知の理論です。熊谷優一先生と梶木尚美先生の同僚です。

知の理論を指導するのは1年目となります。最近は専らGoogle for Education推進に関する取り組みをしています。GEG活動で教職員のICTトレーニングや、講演をさせて頂いております。

当ブログを主宰する熊谷先生と同じ学校で、同じ知の理論を教えていることから、最近では「クマユウ」にちなんで、生徒から「はらゆう」と呼ばれることが増えました(笑)。

一目惚れ

日頃からクマユウとはあれやこれやと話をすることが多いのですが、知の理論の授業計画について議論していた時に、「時間」について話す機会がありました。それが私の中でバズったんですね。知の理論の授業デザインのアプローチの感覚を掴むことにもなりましたが、それからというもの「時間について知りたい!」という衝動に駆られるようになりました。

さて、昨年10月、ふと立ち寄った本屋の入り口近くで『時間はどこから来て、なぜ流れているのか』という本を目にしました。そのタイトルに一目惚れし、早速購入して一心不乱に読みました。読み解くうちに、これはクマユウに共有しなきゃと、はしゃいだ子どものように出勤しました。

彼にこの本の話をすると、よく同じ本を読み合っている梶木先生にもこの本を紹介し、三人であれこれ話そうと提案されました。この議論は専門分野が異なる私たちでも面白いと思ったので、これからIBを学ぼうとしている生徒たちと一回やってようということになりました。当時、生徒たちは知識は教科の枠を超えて関連しあっているということをなかなかつかめておらず、読書習慣そのものも確立されていませんでした。この本を読んで、そして議論する過程で、生徒たちに主体的に学ぶことが可能だということを伝えたいという経緯があり、読書会を開くに至りました。

何を基準に議論をしているのか

さて、この本では「量子力学」(とりわけ相対性理論)を用いて展開されています。「相対性理論」と聞くと、なんだか難しそうと感じる人も少なくないのではないでしょうか。「相対性理論」は大きく、「特殊相対性詩論」と「一般相対性理論」に分類することができます。

実は「特殊相対性理論」の方が、範囲的にも内容としても捉えやすいものが多いんです。こちらの本では主に、この「特殊相対性理論」について触れていきます。「特殊相対性理論」の「光速度不変の原理」や「特殊相対性原理」を専門的な知識(数式など)で悩ませることなく、読み手にとってとても優しい解説になっています。

ここで、重要なポイントは、「何」を基準(主役)にとってこの「時間の流れ」について議論しているかです。こちらの本ではしばしば「光(光速度)」を基準にしています。私たちは日ごろ、「私たち」を主役にして物事を解釈しています。全ての事象を理解できるようにする試みがここにはあります。その後、「私たち」が基準では解決し得ない事を知ったので、異なるものを基準に取ろうと決意したのです。何を基準にとるかによって、私たちはあらゆる事物を異なる側面で解釈することができるのだ、そんなことに気づかせてくれます。

ロマンティックが止まらない

梶木尚美先生からこんな質問がありました。「時間や空間って広がるの?」、「結局、時間が流れるという表現にひっかかりを感じた」と。

歴史の先生からの新鮮な疑問に、正直燃えました!歴史と物理の掛け合いがなんとも言えない体験だったんです。その後も、クマユウと梶木先生との対話は止まることがありませんでした。ああ、本当に止まることがなかったのです。

今でも私は再びこの本に帰ります。読み返すほどに、私には無い視点で疑問をお持ちになったことに納得がいきます。読書は共有してこそ、また新たな知識に出会えるのかもしれません。

ちなみに、この本に出会う前、私は「時間とは液体である」と比喩表現してみました。本を読み、お二人との対話でこの気持ちが更に強くなりました。さて、私がなぜこのような表現に至ったのか、皆さんもこの本を読んでぜひ推測してみてください!

そして、小学生にもわかるように時間を説明するとしたら、皆さんならどんな説明しますか??

最後に

クマユウ、梶木先生、私の各分野の視点で、時間の解釈について議論をしている間、生徒たちの目に変化が見られました。

「異なる科目の先生たちが物理についてあれやこれや自分の考えを述べている!自分の専門でなくても、興味関心を持って自由に疑問を持っていいんだ!」

そんな視線でした。そこからの生徒の議論では、「空間に基準を置くことはできるのか?」、「私たちは基準を持たないと何かを解釈することはできないのかな」と議論のオンパレードでした。正直、私の高校生活でこのような疑問の持ち方はできなかった、いやする機会がなかったように思えます。彼らがとても羨ましくてたまりません!!

逆に、こういう学びの場を提供できるのだとも感じました。これからの彼らは、身の回りの人たちにこういった問いを投げかけていくのだと思います。決して「いちゃもん」じゃないですよ!

ToKtober Fest 2020:問いといちゃもん

生徒が主体となる学習環境、こんな場所が1つでも増えるきっかけとなれば、大変喜ばしく思います。次回の読書会がワクワクして仕方がありません!!

このような機会を設けてくださったクマユウと梶木先生に、そしてこの本を入り口近くで「ジャジャーーン!」と目立たせてくれた書店に御礼申し上げます。