ToKtober Fest 2020:僕が僕であること

街角は様々な問いで溢れています。本屋さんに並ぶ書籍、アーケード内で聞こえてくる音楽、やがて暗黙の秩序が生じる無秩序な人の流れ、商店街で交わされる一見無意味な会話。普段はなんとも思わないことがふと気になりだしたら、それが私たちの「知」が目覚める合図です。

人間であるために

ルネ・デュボスの「人間であるために(紀伊國屋書店)」という本の1行目が2019年11月試験の「知の理論(TOK:Theory of Knowledge)」のエッセイ課題のひとつに使われました。「人間は誰しも唯一無二で、前例がなく、そして二度と起こり得ない存在である」という主張が正しいとすると、知識の生成においてどのような課題が生じるかについて論ぜよ」というようなお題でした(エッセイは英語だと1,600語、日本語だと3,200字で書いて提出します)。

随分昔に読んだ本とはいえ、記憶の片隅には残っていたので、かなりテンションが上がりました。大学生の頃、私は偶然にも古本屋でこの本を見つけ、タダ同然で買ったんじゃなかったかと思います。カバーもなくて、薄汚れていていましたが、かすれた「人間であるために」という題字に惹かれたんでした。四半世紀も前のことではありますが、学んでいて無駄なことってひとつもないんだなと思いました。

作者のルネ・デュボスは生物学者ですが、この本は昨今ベストセラーになった「サピエンス全史」にも通ずる視点から人間について述べています。そしていわゆるインテリと呼ばれる(称する)人々の欺瞞をも暴いています。書きたいことはたくさんあるのですが、今回取り上げたいのは、私たちを私たちたらしめているのは、生物学的な要因と、私たちが生まれ育った環境と経験だということを強調している点です。

人生反抗期

夢が騒がしかったんです。今はあの世に行った私と関わりがある人たちが出てきて。そういう時は墓参りとGo Toキャンペーンを利用して気仙沼に帰って来ました。気仙沼では初めてホテルに泊まりましたが、こういう帰省の仕方も悪くないですね。

さて、ちょくちょく会ってはいたんですが、飲みに行くのは10年振りという小学校1年の頃からの友人と気仙沼のホルモン屋さんに行きました。彼はですね、頭もよくて、人柄もよくて、一向にどこにもはまらなかった私に「人生反抗期」というキャッチフレーズをつけては、事あるごとに私を遊んでくれる優しさ(?)を持った人でした。

私にとっては何でも器用に、誰よりもよくこなす彼は憧れの対象でしたが、彼にかなうことはついぞありませんでしたね。でも、そんな彼がいつも私を面白いって言ってくれたんですね。いつも嬉しかったです。今回もホルモン屋のトイレの壁になぜか孫の手が掛かっていて、そのことを彼に話したら、「あんだは相変わらず人と違うところを見ているんだねぇ」と感心(?)されました……。

ぼくがぼくであること

彼に人生反抗期と命名された私の今生は、まるでそれに寄せていっているかのようでした。現在の穏やかで優し気な私からは想像できないかもしれませんが、自分が納得できないことを強制された日にはそれなりの行動に出た時期がありましたね(たまーにですよ、たまーに!)。

そんな時、私をたしなめてくれたのは本でした。本が私に私を見つめる機会をくれました。中でも、小学校6年生の頃、学校の図書館で手にとった「ぼくがぼくであること(山中恒著)」という本の中に私は私自身を見ました。何もかも嫌になって家出をした小学6年生の男の子が主人公です。

この世の中には理解してもらえないことがあって、でも理解してほしいっていう気持ちも強くて、でもうまく伝えられなくて、でも本をたくさん読んで言葉を覚えればなんとかなるんじゃないかって、私はこの本を本でそう思いました。そして、何だか希望が見えたような気がしました。

最後に

ルネ・デュボスは言います。「微生物であろうと植物、動物あるいは人間であろうと、生物のすべての特質は遺伝的な基礎をもっていて、環境の影響も受ける(「人間であるために」p.73)」と。つまり、進化の過程で受け受け継いだ人間としての遺伝子からの影響と等しく、自然や文化や他者との関係などの経験から影響を受けて私たち自身が成り立っています。

そんな私たちが行きていく過程で肉体的、精神的にどんな反応をするのでしょうか。その反応に変化すこと、変化しないことはあるでしょうか。変化するとすれば、変化しないとすれば、それは一体どんな要因からなのでしょうか。

私が生まれ育った気仙沼は復興が進み、私が知らない町になっていました。津波の被害を受けた地域は嵩上げされ、たくさんの建物がたち、人々の往来も変わっていて、新しい町になっていました。自分が故郷のどの辺にいるのかも見迷う思いがしましたが、今はもう存在しない人や風景によって私はかなりの影響を受けて生きていることを確かに感じたのも事実です。

リアス式海岸がもたらす三陸の自然や文化と、昭和50年代という戦争の爪痕がまだそこかしこに残っていながら、どんどん生活が豊かになっていく時代によって私の情緒は形成されました。どんな言葉を使って生活しても、今でも感情的になる時は私はだいたい訛ります。また、私のキャリアの築き方は明らかに漁に出て、収穫がなければ暮らせないという漁民思考によるものです。

どこでどう生きていようとも、私という一個人は自らの生の主体として反応を示しているのだよなぁと私はもう一度ルネ・デュボスを読んでいます。もう絶版になっていますが、良著です。よろしければお近くの図書館で探して読んでみてください。